8223 天国という言葉に隠された記憶

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歩行者天国という言葉は…
歩行者天国という言葉は…

先日、田町に行った際、距離自体は非常に短いものの、特定の時間帯に「歩行者天国」が設定されている旨を示す表示を見かけた。

その看板を目にしたとき、以前から抱いていた「歩行者天国」という言葉の響きに対する、ある種の過大さへの違和感がふと頭をよぎった。

文字通り「天国」である。歩行者のみが通行できる道路に対して、なぜこれほどまでに大仰な表現が与えられたのだろうか。

由来を紐解くと、この言葉が日本で初めて登場したのは1969年(昭和44年)8月、北海道旭川市の平和通(現在の平和通買物公園)での試みとされる。そして翌1970年(昭和45年)には、東京の銀座や新宿などでも大規模に実施され、全国へと広がっていった。

ここで注目すべきは、この施策が導入された「時代」である。1970年前後というのは、モータリゼーションの急速な発展にともない、交通事故が多発して「交通戦争」と呼ばれた時期と完全に重なる。

事実、東京で初めて歩行者天国が実施された1970年(昭和45年)には、年間の交通事故死者数が過去最悪の1万6,765人を記録する事態にまで発展していた。

このような凄惨な「地獄」とも形容できる交通環境から、一時的にでも解放される安全な空間。それゆえに「天国」と名付けられたのだとすれば、言葉の持つ意味合いはにわかに重みを増してくる。

死後の世界を連想させる「天国」という響きに、犠牲者への哀悼を孕むような笑えない皮肉を微かに感じてしまうのは、その誕生の背景にあるあまりの危うさゆえかもしれない。

もちろん、ここでの「天国」は死後の世界ではなく、車両の脅威から切り離された「楽園」や「理想郷」という意味合いで冠されたと考えるのが自然であり、イメージとしても合致する。

しかし、あえて「天国」という極めて強い言葉を選択せざるを得なかった事実にこそ、当時の社会が直面していた事態の深刻さが如実に窺える。

現代においては、車両の安全性能向上や法整備により、交通事故の件数は当時と比べれば遥かに減少している。いま、この言葉に対して抱く穏やかな違和感は、当時の地獄のような交通事情が過去のものとなり、平穏な日常が定着していることの裏返しなのかもしれない。

Posted by ろん