8216 正解のない選択と毎日の最善の手続き

日常生活,物思いに耽る(雑感)

今日も、母や伯母の介護に関わる付き添いや手続きにをする一日となった。

常に目の前で起きている事象に対処しながら、同時に今後起こり得るリスクを予測し、先回りで対策を立てる必要がある。それは実際に起こるかもしれないし、取り越し苦労に終わるかもしれないが、あらゆる可能性を想定して動かざるを得ない。

病院の待合室で…
病院の待合室で…

本人の希望はできる限り叶えてあげたいと思う反面、安全や現実的な運用を考えれば、その要望にすべて応じるわけにはいかないのが実情だ。ときには、本人が強く嫌がることであっても、毅然と進めなければならない局面もある。そしてこれら一連の判断には、明確な正解が用意されているわけではない。後から振り返って、それが正しかったのか間違っていたのかを明確に線引きすることすら難しい。

できるだけのことをしてあげたいという気持ちが強い分、どうしても「万全の結果に落ち着いた」という明確な手応えを得にくい性質がある。常にどこか中途半端に思えたり、「もっと別の進め方があったのではないか」という微細な後悔や迷いが頭をよぎることも少なくない。

どれほど手を尽くしても確固たる満足感や達成感が得られにくいという構造自体が、やはり静かな負担として蓄積していく。

それでも、「何もしない」という選択肢が存在しない以上、目の前の課題に一つひとつ向き合っていくほかない。

明確なゴールや満点は見えなくとも、日々試行錯誤を繰り返しながら手続きを一つずつ積み重ねていること自体が、間違いなく現在の大切な土台を支えている。正解を求めるのではなく、その時々の最善を尽くし続けている事実だけを意識するようにしたい。

Posted by ろん