8205 展覧会「第6回 FROM -ここからの日本画-」

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郷さくら美術館
郷さくら美術館

中目黒の郷さくら美術館で開催中の日本画グループ展「第6回 FROM -ここからの日本画-」を鑑賞した。

これまでは「それぞれの日本画」というタイトルだったが、今回から名称が変更されている。

会場で特に印象に残った作品について記録しておく。

能登真理亜《Sleepless Night, Sleepless City》
能登真理亜《Sleepless Night, Sleepless City》

能登真理亜《Sleepless Night, Sleepless City》
夜の都市とそこを行き交う人々を描いた作品。

作者の解説によると、所属や名前から解放された人々にとって、眠らない街の明るさは無条件の優しさであると同時に、拭いきれない不安や寂しさも内包しているという。

たしかに「夜」は必要な場所だけが照らされ、見せたくない部分は暗闇に隠れる。昼間の役割から解放される時間帯でもある。

この風景から現在の東京の夜を連想した。

よく見ると月も出てる
よく見ると月も出てる

かつて終夜営業の店舗が増え、深夜バスが走り始めた頃の東京は文字通り「眠らない街」であったが、コロナ禍や人手不足を経た現在、事態は一変し、再び闇が街を支配し始めたように感じる。

この作品は、どこか華やかだったかつての東京を想起させる。

モチーフ自体は現代的で日本画らしからぬものに思えたが、使用されている岩絵具の粒子が表面でキラキラと輝いており、夜景という題材との相性の良さを感じさせた。

野地美樹子《Endless Flow》
野地美樹子《Endless Flow》

野地美樹子《Endless Flow》
15メートルに及ぶ大作で、モチーフは渦潮。

実際に間近で見たときの圧倒的な力強さとイメージが重なる。
作者の解説には、人生の苦しみは永遠には続かないということ、そして渦潮の雄大さが生かされていることへの感謝と畏敬を呼び起こす、という意図が綴られていた

意外な色も使われている
意外な色も使われている

見る者を無心にさせる迫力があるが、細部を観察すると、水深を感じさせる濃紺の海の中に、鮮やかな赤や朱などの色が配されているのが意外であった。

背景の紙にはあらかじめ皺が付いており、それが波の複雑な質感を効果的に再現している。

川又聡《地鳴り》
川又聡《地鳴り》

川又聡《地鳴り》
7メートルに及ぶ大作。

眼の前を通り過ぎるサラブレッドたちの躍動感がダイレクトに伝わってくる。

数万の歓声が地鳴りとなり、蹄が跳ね上げる土が視界を遮るその瞬間を、対の屏風に封じ込めたかのような迫力があった。

加藤ゆわ《茶会ノ折ニ不図・込メル画ノ意図》

不透明アクリル樹脂絵具(アクリリックガッシュ)が使われており、純粋な日本画という枠組みに対する作者自身の躊躇いも解説に記されていた。
しかし今回の「ここからの日本画」というテーマに際し、とことん日本画の「約束事」に寄せる試みを行ったのが本作だという。

加藤ゆわ《茶会ノ折ニ不図・込メル画ノ意図(左隻)》
加藤ゆわ《茶会ノ折ニ不図・込メル画ノ意図(左隻)》
加藤ゆわ《茶会ノ折ニ不図・込メル画ノ意図(右隻)》
加藤ゆわ《茶会ノ折ニ不図・込メル画ノ意図(右隻)》
作品名は「ちゃかいのおりにふと」「こめるえのいと」と読み、制作の契機とプロセスを示している。お茶の席で隣の友人の仕草に目が留まった瞬間(不図)と、その感覚を持ち帰り画室で意図を込めて絵にする過程(込める意図)が、右から左へと時間が流れる屏風の形式に落とし込まれている。非常にユニークな試みであるが、これは作者の解説があって初めて深く理解できる作品だと感じる。
また、展示方法にもう少し工夫があればなお良かった。配置の都合か、2枚の作品が展示室の奥の壁と左側の壁にL字型に分かれて掲げられていたため、パッと見た瞬間に左右一対の屏風としてのイメージが湧きづらく、当初別々の作品が並んでいるように見えてしまったのが惜しまれる。
加藤ゆわ《ほら、あそこ》
加藤ゆわ《ほら、あそこ》

加藤ゆわ《ほら、あそこ》
こちらも岩絵具は使われておらず、一般的な日本画の範疇からは外れるかもしれない。

それでも日本画として違和感を覚えないのは、平面的で陰影を持たないという日本画特有の表現形式を踏襲しているからだろうか。日常のわずかな一瞬を捉えた自然な光景だが、描かれた女性たちの視線の先にあるものや、指を指して驚いている理由について、想像を巡らせたくなる作品である。

Posted by ろん