8182 ヴェロニカの聖顔布

今日は、国立西洋美術館へ。
特定テーマに基づいた収蔵品の詳細な考察や調査研究を紹介する「Collection In FOCUS」のうち、「『真正なイメージ』がさまざまな絵になるとき――変奏されていった『ヴェロニカの聖顔布』の表象」を観賞。
「ヴェロニカの聖顔布」…エルサレムへの道で倒れたキリストが汗を拭ったところ、彼の顔がそのまま刻印/転写されたと伝えられる布がそう呼ばれている。
以前からこの作品の存在自体は知っていたが、今回、Collection In FOCUSとして紹介されるまで、どういった背景があるかなんてまったく知らなかった。
解説を何度も読まないと、すぐに理解はできなかったが、まさに、以前から気になっていたことがあった。
というのも、そもそも、キリスト教の母体となったユダヤ数には、人間が神をかたどったイメージ…偶像崇拝禁止の原則があるはずなのに、キリストの顔なんて、偶像そのものじゃないか…と。
解説によれば、この矛盾こそが、「ヴェロニカの聖顔布」に表れているようだ。
「偶像を作ってはならない」という掟と「神の姿を眼で見たい」そして「教えを広く伝える視覚的装置が欲しい」という二律背反を解消するため、「描く」という行為を「神自身による転写(=奇跡)」にすり替えたのだ。
人間の「造形」は偶像崇拝だからダメだけど、「神が布に写し取った痕跡」であれば、「聖なる遺物」だからOKだと。
なかなか、すごい理屈だが、こうした背景があったからこそ、西洋美術における表現技術を極限まで押し上げることにつながったと、Geminiが教えてくれた。
絵画と宗教は切っても切れない関係にあることがよくわかる。
「偶像」…つまり、人為的な造形物に見えないようにするために、画家たちは遠近法、光と影(キアロスクーロ)、解剖学に基づいた人体の表現を極めることとなった。
これが、ルネサンス期以降の驚異的な写実技術へと結実したのだそうだ。
以前から気になってたことがよくわかってきたのと合わせて、西洋絵画の発展の背景までが理解できて、とても有意義だった。

さらに、小企画展「アーティスト・バイ・アーティスト――西洋版画に見る芸術家のイメージ」も観賞。
国立西洋美術館の所蔵する版画を中心に「芸術家」という存在が歴史の中でどう捉えられてきたかを、特に自画像などの変化から探っている。
冒頭の「はじめに」によれば…
中世の芸術家は、あくまで匿名の”職人”であり、個人の姿が表されることはほとんどなかったが、16世紀以降になると、制作を学問や科学と結びつけ、「知的な創造主」として地位を確立し、個人への関心が高まってくる。
そして19世紀の芸術家は「思考する個」としての自覚を強め、孤高に苦悩する姿として描かれるようになってきたという。
…とあって、この内容自体は理解できたものの、紹介されていた作品は正直ちょっとわかりづらかった。

