整備新幹線 紆余曲折の半世紀/鶴 通孝
- 整備新幹線 紆余曲折の半世紀
- 鶴 通孝
- 成美堂出版 (2018/12/19)
わが国の経済発展や地域の振興を目的として「全国新幹線鉄道整備法」という法律によって定められた新幹線が「整備新幹線」と呼ばれるものだ。
東海道新幹線と山陽新幹線のように、輸送力の逼迫がきっかけで建設されたわけではなく、“政治主導”によって決められたことから、完成までにはさまざまな駆け引きがあり、そしてその最大のネックは、財源であった。
途中オイルショックなどの情勢の変化や、何より国鉄の財政悪化と民営化があって、整備新幹線計画は、さまざまに変化し、白紙と再開を繰り返しつつも、少しずつ実現されてきた。
本書では、その歴史を詳細に紹介していく。
興味深い“駆け引き”だなと思ったのは、整備新幹線の建設する区間が、完成している新幹線に接続して延長するのではなく、あえて“離れ小島”的にフル規格の新幹線を先に建設してしまうという手法だ。
ふつうに考えれば、すでに営業している区間を延長すれば、車両もそのまま乗客を運べて営業もしやすいから、コストも抑えられる。
逆に、“離れ小島”の路線を作るとなれば、その区間だけの車両を用意しないといけないし、検査もできるようにしないといけないし、すべてそこで完結できる仕組みを作らなければならない。
それでもこうした手法を取ったのは、これは仮の状態であり、目指す目標が、あくまで“全線フル規格”で新幹線を通すことにあったからだ。
もし仮に営業している区間の延長から始めてしまったら、途中で断念するということも十分考えられる。
そうした不安がよく現れていたのが、高崎-長野間を先行開業した北陸新幹線だった。
北陸を通っていないのに北陸新幹線はおかしいので、長野までを走る「長野新幹線」で問題ない気もするが、これがこのまま“固定化”されて、長野より先の工事が行われないかもしれないという声があったという。
そこで「長野新幹線」ではなく「長野行新幹線」と呼ばれていたというエピソードは有名だ。
話を戻す。
もし、フル規格の新幹線の一部が途切れているだけなら、あとはその区間をつなぐだけで新幹線の速達効果を活かせる…なんていう流れも作りやすいのだ。
実際、九州新幹線(新八代-鹿児島中央が先行開業)で使われた手法だし、青函トンネルが事実上の先行開業区間だった北海道新幹線と盛岡以北の東北新幹線でもほぼ同じ手法だったようだ。
そして、これがうまくいかなかったのが、西九州新幹線で2022年秋に武雄温泉-長崎間が開業するものの、すでに開業している新幹線とは接続するめどがまったく立っていない。
これまでなら、その区間も建設すれば新幹線の価値を最大限に引き出せるというロジックだったが、途切れている佐賀県の区間は、そもそも新幹線建設の必要性が高くないばかりか、建設費の負担も大きいことから、にっちもさっちもいかない状態になってしまった。
そもそもこの区間に新幹線が必要だったのかという気もするが、そもそものきっかけが、放射線漏れ事故を起こした原子力船むつを佐世保港で受け入れたことだったことを考えると、最初から無理があったことがわかる。
僕が生きている間に、政治に翻弄され続けた整備新幹線の完成を見ることはあるのだろうか?