5649 リメイクされるたびに観てしまう”砂の器”だけど…

ドラマ砂の器先日、録画したテレビドラマ「砂の器」を視聴した。

たまたまではあるが、イメイクされるたびに観ているが、そのたびに、違和感を覚える。

昭和30年代が舞台だった原作と異なり、今回は現代を舞台としたことで、あちこちで、原作との変更が見られた。

まず、原作もこれまでリメイクされたドラマでも、冒頭の場面は、殺人事件の発生場所となった蒲田操車場(京浜東北線 蒲田電車区…現 大田運輸区)だったが、今回は、なぜか渋谷だった。

たくさんの人たちに紛れて…ということなのだろうが、操車場と繁華街では、雰囲気が全然違う。

ハロウィンで賑わう渋谷なんて、いかにも今風だったし、なにかあったとき、検索したりメッセージをやりとりするなど、スマートフォンを多用する場面が多く見られた。

現代風にアレンジしてしまうことで、今回も、原作では重要な意味を持っていたハンセン病は避けられてしまった。

何度もリメイクされている作品であれば、多くの視聴者は、ドラマの大筋はもちろん、被害者も犯人も知ってるわけで、そう考えたら、原作とは別の” オリジナルドラマ ”として観た方がいい…ってことだろうか。

そうなると、 なぜ、松本清張の”砂の器”と名乗るのか?と思う。

有名小説の名前を借りたオリジナルドラマにするのは、ちょっと”ずるい ”というふうにも思えてしまう。

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