5544 730(ナナサンマル)

先日読んでいた本に、沖縄における車の右側通行から左側通行に変更した話で、730(ナナサンマル)と書かれていて(p.372)、気になって検索してみた。

730(ナナサンマル)とは、沖縄返還の6年後の1978年7月30日に実施された右側通行から左側通行に切り替えるプロジェクトのことだった。

その記録映像が、沖縄県がYouTubeで公開していたので、思わず視聴してしまった。

右側通行から左側通行へ…

730のロゴマーク路面表示の引き直しして、標識を反対側に設置すればいい…くらいに思ってしまったが、とんでもなかった。

道路沿いのガードレールは、車の進行方向に合わせて継ぎ手が重ね合わされているため、これを左側通行に沿って1枚1枚修正していったり…

右側通行をする前提で作られた交差点やカーブなどで、左側通行になると見通しが利かなくなるところで、塀や建物を取り除いたり、草刈りなどを行ったり…

交差点におけるバス停留所の位置を、交差点手前から交差点を超えた場所に移したり…

いわゆる“交通弱者”である子供達やお年寄りに対する教育はもちろん、視覚や聴覚の障害者向けに点字による告知やメロディー付きの信号機の設置なども積極的に行ったという。

そして、“730”前日に台風がやってきてしまうが、当然、そうした悪天候のなかでもやらなければならない。

念密な計画とリハーサル、事前の準備作業が行われた。

7月29日22時より沖縄県全域で緊急自動車を除く自動車の通行が禁止され、切り替え作業を開始、午前4時18分に、すべての沖縄県管理道路の作業が完了。

そして、7月30日午前5時50分。

サイレンとともに右側を走っていたすべての車が停止し、警官の指示にしたがって右側車線から左側車線へ移動する。

薄暗いなか、警官の発するホイッスルによって1台1台ゆっくりと移動していくようすは、特別な“儀式”のようにも感じた。

こうした苦労は、そもそもが沖縄がアメリカに占領されたことが原因であり、戦争がなければ“しなくていい苦労”だったと思うと、複雑な思いがする。

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