東京駅「100年のナゾ」を歩く/田村 圭介

2014年12月に東京駅は100周年を迎えた。

記念Suicaの騒動はまだ記憶に新しいが、100年に関連してさまざまな行事や記念グッズの発売などがあったが、本書もそれに近いかも。

東京駅はときどき利用するが、多少慣れないと、構造がちょっとわかりにくい。

別に東京駅に限らないが、拡張を繰り返した駅は、どうしてもわかりにくくなってしまうものだし、ときどきしか利用しないのなら、なおさらだ。

著者の名前を知ったのは、渋谷駅の立体模型を見に行ったときのことで、渋谷駅について書かれた本も以前読んだことがある。

すり鉢状の地形に囲まれた最下部にあるのが渋谷駅で、そこに、少しずつ多くの鉄道路線が乗り入れることになったために、複雑になってしまった。

一方、東京駅は砂州地帯の平らな土地に作られた駅なので、空間構造的にはわかりやすいはずなのだけど、だだっ広い連絡通路が、迷わせる原因になっているらしい。

そんな東京駅の現在の形を表すために、著者が考案したのが、「X一トU 川田十」(バツイチという かわだじゅう)というもの。

この暗号みたいな表現は、「川田十」が東京駅の空間構造の核を示しており、その核の周りを「X一トU」が取り囲んでいるという。

簡単に言えば、「川」はプラットフォームを表し、「田」はその下にある連絡通路、「十」は地下の連絡通路…といった感じで、本書では、東京駅が誕生し、現在に至るまで、どうやって「X一トU 川田十」が作られていったかを辿っていく。

自分としては、けっこう知ってるつもりだった東京駅だが、知らないことがまだまだたくさんあった。

東京駅開業以来、現在の丸の内南口は入場専用、丸の内北口は降車専用として使われ、それが終戦直後まで運用されていたなんてことは知らなかった…。

また八重洲口は、かつて外堀を超える橋の名前が由来だったそうだが、実は、そもそも八重洲という地名は丸の内側を指していたらしい。つまり、京橋側から見て八重洲に渡る橋という意味だったのに、時代を経て、その橋の近辺を八重洲と呼ぶようになってしまった…なんてことも知らなかった…。

東京駅の復原工事が終わり、100周年という節目も過ぎ、しばらくの間は、静かになることだろう。

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