[社会の窓]現場に身を置いて考える

久しぶりに列車に乗って遠くまで出掛けたい…という気持ちと、実際に行動できたタイミングが、たまたま、3月11日となり、そして、行き先が、東日本大震災の被災地と重なった。

この光景は、昨日の朝なのに、もうずいぶん前だったような、そして、夢を見ていたような気もしてくる。

それくらい、いま暮らしている世界とは、完全に別のように思えてしまう”非日常”的な空間だったから…なのかもしれない。

実際、この遺構を目の前にしたとき、言葉が思いつかなかった。

でも、同じ空間に身を置いてみると、遺構だけではなく、その周囲の雰囲気すべてひっくるめて、自分の考えに変化を与えている…という実感もあった。

これは、インターネットやテレビなどで見ただけでは、けっして感じることのできない、不思議な感覚だった。

2 thoughts on buy cheap generic viagra[社会の窓]現場に身を置いて考える

  1. ロンさん

    最後の2行。まさにコレにつきると思います。
    実際に足を運ぶって出来るようで多くの人がしてませんからね。
    今年の311ですが「まだまだ終わっていない」と
    マスコミ各社がまるで自身に言い聞かせてる感が強かったような??
    裏を返せば風化が本格始動してるのかなぁ。

  2. ≫ ぶりさん
    実際、今回のようなことは、なかなか難しいですよね…。
    これから、記事でも紹介していこうと思ってますが、こうした被災地を訪れるということの是非と言いますか、ある種の”観光地化”すること、そしてマスコミの伝え方などについても、いろいろと考えさせられました。そして、仰るとおり、風化は確実に進んでいる気がしました。

  3. ろんさん
    南東北縦断blog読ませていただきました。

    淡々とした文章に、東北の現実が表現されていて、引き込まれて読ませていただきました。
    (そのほかにも、自分自身が知っている地名もいっぱいあって、、)

    私自身は、高校卒業直後の休みに大阪から急行を乗り継いで、一人で松島を目指して旅をしたことや、社会人になってからは仙台の美しい街並みと名物の「うーめん」がおいしかったことを覚えているくらいしかありません。
    震災後の東北は全く行ったこともなく、学生時代の友人の震災後のボランティア活動体験談で「う~ん」というしかなかった。もちろんマスコミなどの報道でいろいろと知ったり、考えることはありますが、、

    「…..自分の考えに変化を与えている…という実感もあった。….インターネットやテレビなどで見ただけでは、けっして感じることのできない、不思議な感覚…」とのろんさんの締めくくりの言葉にも、感じるものがありました。

    自分の五感を通した認識や頭で組み立てた認識と、現実の有り様には大きなギャップがあることに気をつけないといけないこと、そして、現場で現実をしっかりつかむことの大切さを改めて思い出させていただきました。

    私の東京横浜の旅行は、思い出と今の現実の食い違いの修正と頭の中の思い出の保存をしました。またどんなに望んでも時の流れが取り戻せないことで、自分の老いを感じて、帰りの新幹線の中で缶ビールを1本だけ飲んでいました。また友人たちみんなと母子の像のところにも行けたのは、収穫でした

    長々と自分の私的なことまで、すみません。

  4. ≫ 田中 肇さん
    お読みいただいてありがとうございます。 これまで、出掛けてきた状況の説明が続いてましたが、実際に現地で感じたことについても、だんだんと、自分の中でまとまりつつあるので、またご紹介できるかと思います。
    田中さんも、東北とは、そんな関わりがあったのですね…。本文では紹介してなかったのですが、僕も大学生のころ、初詣と初日の出を見に、中尊寺と三陸海岸に行ったのを思い出しました。列車の中から見た初日の出はとても綺麗でした。
    田中さんの旅行も、いろいろと収穫が多かったようで何よりでした。やはり、実際に足を運ばなければわからないこと、得られないことが多いのだと実感されたようですね。
    年齢を重ねると、つい億劫になってしまいがちですが(笑)、できるかぎり行動するということを意識していきたいですよね…。

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