3946 「笑っていいとも!」の思い出
「森田和義アワー 笑っていいとも!」が、来年3月をもって終了するというニュースを聞いたとき、「ついに“その日”が来るのか」…と思った。
以前から、打ち切りの話題が出ては消え…を繰り返していたので、そろそろ…という感じはしていたが、本当に終了ということになると、やはり悲しい。
振り返れば、番組が始まった当初、前身の「笑ってる場合ですよ!」がちょっと衣替えした程度にしか思っていなかった。
しかし、番組が続くにつれ、自分の中でも“定番化”していった気がする。
もちろん平日は見られるはずもなく、祝日や日曜朝に放送される再放送の「笑っていいとも!増刊号」くらいでしか視聴できなかったが…。
増刊号といえば、当初、レギュラー出演していない作家の嵐山光三郎が“編集長”として登場し、これまた番組とはあまり関係なさそうなゲストと対談する番組の合間に、平日の再放送が流れるといった形式だったように記憶している。
幼かった僕はこのゲストとの対談が退屈で仕方なく「再放送だけやっていればいいじゃん」と思っていたのを思い出す。
また、番組のテロップで「観覧ご希望の方は…」の最後に、「観覧は18歳以上に限ります」とあり、大人になったら、いつか新宿のスタジオアルタで番組を見てみたいと思ったものだ。
大学生のころ、日中自宅にいるときは、欠かさず見ていた。
社会人となり、ふたたび、ほとんど見る機会がなくなったが、年末の「笑っていいとも!特大号」は、可能な限り見ていた。
特大号も、もちろん生放送で、毎回、間違いなく番組終盤は進行の遅れる。そのバタバタ感、強引にコーナーを進めるところや、ちっとも似ていない、ものまねに会場や出演者たちが凍りつく感じは、おそらく本放送と同様に、生放送ゆえの臨場感をスタジオと共有することができた気がする。
最近は視聴率が低迷していたそうだが、以前感じていた“臨場感”や“ライブ感”といった要素はどうだっただろう?
タモリが冒頭で歌わなくなり、テレホンショッキングは明らかな番組宣伝の場と化し、おもしろいかどうかではなく、芸能事務所間の駆け引きだけで出演者が決まってるのでは?と思うような印象を受けたり…と、そろそろ限界?という気はしていたけれど。
笑っていいとも!に限らないが、以前のテレビには、番組の作り手と視聴者に、あうんの呼吸があって、それをお互い理解していたような気がする。
残念ながら、それが失われつつあるのが、昨今の状況であって、むしろ 31年間もよく続いたと思う。
あと半年続くけど、おつかれさまでした。