3658 拾うか?拾わざるか?
今日の帰り。ちょっと混雑する電車の中。
幸いにして座れた僕は、久しぶりに音楽を聴きながら過ごしていた。
しばらくすると、ほとんど車内の床が見えないくらいに混雑が増してきて、僕の前にも人が立った。
ふと、目の前で何かが落ちたような感じがした。
顔をちょっと見上げてみたら、前に立っていたのは私服姿の若い男性。
どうやら、カバンから携帯音楽プレーヤーのイヤホンを取り出そうとしたら、イヤホンの一部(イヤーピース/耳あて)が外れて落ちたようだった。
彼は、それを探そうとしたものの、混雑する車内では身動きすら取りづらく、まして転がりやすいイヤーピースを見つけるのは至難の業…と思ったのか、すぐに探すのをやめてしまった。
僕の座った位置から だと多少床が見えるので、彼の代わりに何気なく探してみたら…
あった…!
彼の斜め後ろに立っている、中年男性の足下に落ちていた。
僕の手の届くところに落ちていれば、拾うのだけど、あの位置は微妙だ。
僕が拾うためには、何人かに避けてもらいつつ、ここからかなり腕を伸ばす必要がある。
落とした彼に伝えようにも、彼の位置からは見えにくそうだ。
さぁ、どうしよう。
あれ?もしかすると、そもそも僕の“見間違い”で、彼が落としたのではないかもしれない…
いやいや、そんなことないよな。
拾えば使えるのに、僕が拾わなければ、ゴミになってしまう。
じゃあ、いっそのこと、気付かなかったふりをしちゃうか。
でも、気付いてしまったんだから、なんとかするのが、僕のつとめだろう。
うーん…それにしても、なんで、僕がこんなに悩まなければならないんだ?
どうしようかな…と思っていたところで、ふと一案が…。
目的の駅に着きそうなタイミングを見計らい、多少大回りをする感じで、「この駅に降りるアピール」で、立っている人たちに通路をあけてもらう。その瞬間に、腕を伸ばし、床に落ちていたイヤーピースを拾った。
「さ、さっき、落としたの…」
なぜ緊張して、ドモるのか、我ながら情けないが、彼にさっと渡すことができた。
彼は笑顔で、
「ありがとうございます!」
と言ってくれたので、拾ってよかったと、心底ホッとしたのだった。