箱根の山に挑んだ鉄路/青田 孝

箱根の山に挑んだ鉄路―『天下の険』を越えた技 (交通新聞社新書)
青田 孝

交通新聞社

箱根が好きで、ちょっちゅう行っている気もするが、その理由として、箱根登山鉄道が占める割合が大きい。

1000m進むごとに80mの高低差があることを意味する80パーミルという急勾配のある箱根登山鉄道。

ケーブルカーだったり歯車を使ったりせず、ふつうの線路と鉄の車輪を使った鉄道では、日本一、世界第2位。

そして、いかに自然の景観を壊さずに線路を敷設できるかを考えた結果、山肌を縫うようにコースが取られたため急勾配に加えて、急曲線の連続となった。直線で進めるトンネルが掘れなかったのは、付近には多数の温泉地であり、源泉に影響させない配慮からだった。

先日、わざわざ?見に行ったような、急な曲線を曲がるために、1両の車両の長さは14.66mとなっている。一般的な車両は20mだから、かなり短い。よく小さいと言われる銀座線が16m、大江戸線で16.5mだから、それらよりも、さらに1m以上も小さいのだ。

本書の第1章は、現在の箱根登山鉄道の様子を、第2章では箱根登山鉄道建設までに経緯、第3章では未曾有の計画となった建設、そして開通後に受けた大きな災禍などのエピソードが紹介されている。
その大きな災禍とは、1923年(大正13年)2月本社社屋が全焼、同年9月に関東大震災により被災し全線運転再開まで10ヶ月を要したこと。さらに、全線運転再開した翌年の1925年(大正15年)1月にはブレーキ故障で電車が脱線転覆18人が死亡10人が負傷する事故が起きている。

こうした困難を乗り越え、現在にいたっている。

なお、第4章は、箱根登山鉄道に乗り入れる小田急ロマンスカーについての話題になっている。この章で特にページが割かれているのは、50000形VSE誕生にいたる経緯。もちろん、この話はおもしろいのだけど、本書のタイトルからすると、ちょっと違和感を覚えた。

違和感というとちょっときつい表現かもしれない。これだけで本にして欲しいくらいだ。

箱根登山鉄道は、何度乗っても飽きず、いつも乗るたび新鮮だが、こうした歴史を知ると、さらに乗るのが楽しくなってくる。

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