ソーシャルイノベーションデザイン―日立デザインの挑戦/紺野 登

■芸術・デザイン,龍的図書館

4532313686 ソーシャルイノベーションデザイン―日立デザインの挑戦
紺野 登

日本経済新聞出版社 2007-12
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♪この木なんの木…の歌で知られる日立製作所(以下日立)は、我が国を代表する総合電機メーカーとして知られている。

日本初の国産モーターを作り上げた日立は、エレベータや発電所、鉄道といった大型の社会インフラを得意としたメーカーで、家電への本格参入は戦後であり、他メーカーと比べて早い方ではない。そんな日立が家電を販売してみると、「体裁の見劣りがする」という指摘があったのだという。使ってみれば品質の良さはわかってもらえる。でも選んでもらえなければ、それを伝えることができない。技術に対しては絶対的な自信があった日立だが、一般のユーザはそれを知るよしもないのだ。

そうして作られたのが意匠研究所(現在のデザイン本部)だ。本書は、活動を開始してから2007年で50年を迎えたことを記念して作られた。

最近では「モノ」ものものをデザインするだけではなく、「情報とユーザーとの関わり方」というものもデザインの対象となっている。そうした「コミュニケーションデザイン」が、現在、デザイン本部のほぼ半分の仕事になっているそうだ。

ATMにおける「クイックアンドスロー機能」だ。ATMは誰もが操作に慣れているわけではない。テンポよく入力したい人や、ゆっくりとしたペースで入力したい人がいる。そうした人たちにあわせて、ATMに表示する画面の切り替えスピードを変えることで、多くの人たちが快適に利用できるように作られているという。こんなところもデザインなのだ。これは“人間中心”のデザインを志向している代表的な例とでとても興味深い。

 

JR東日本の駅で最近よく見かける異常時案内用ディスプレイの運行情報は、日立製作所の製品だそうで、文字だけではわかりにくい情報を、路線図にして見せている。こうすることで文字だけでは伝わりにくい情報を多くの人たちに伝えることができるようになった。実は使われているデータは、既存の文字情報とまったく同じなのだそうで、足りないデータはあらかじめ補完するデータベースを持っているのだという。

エレベーターをどういうデザインにしたら、人がどういう気持ちでその空間を通っていくのか。「クライアントのオフィスビルに、少し遅れて到着して焦っているビジネスマン」が登場し、エレベータに乗ったところで気持ちが落ち着く…」なんていうシナリオまで作られる。“経験デザイン”というキーワードも気になったが、話が長くなってきたので割愛。

もはやデザインとは、格好いいとか美しいというだけではないのだ。ふだんデザインとまったく無縁の生活をしているが、ふと、気にしてみると、限りなく奥深い上に、僕たちの生活に想像以上に密接に関わっていることに驚かされる。

ありがちな企業本にとどまらない読み応えのある本だった。ただできれば、あえて失敗してしまった例などの紹介もあれば、より一層奥行きのある内容になった気がする。