2369 耳かき
耳かきで耳掃除をすると気持ちが良い。
一度、プロの耳掃除というものをやってもらいたいと思っているが、残念ながら、いまだに実現していない。
もうずいぶん以前のこと。
しばらく前から聞こえ始めた耳鳴りが気になって、会社近くの耳鼻科に行くことにした。夕方ごろ会社を抜け出し、地図を見ながら会社から一番近いという耳鼻科に向かった。
初めて行くその耳鼻科は、大きな通りからちょっと奥の方に入った路地裏にあった。雑居ビルの2階だか3階までは階段で上がっていった。診察室は、どこか時代掛かった感じだった。あまり大きくない窓にはブラインドが掛かってはいるものの、その隙間から西日が入り込んでいた。
耳鼻科の先生は、結構お年を召した“おばあちゃん”ではあったが、話し方はしっかりとしていて、仕事はてきぱきとしていた。診察してもらった結果、耳鳴りは、耳かきか何かが原因なのではないかと、先生は言った。そして、直後に加えて言った一言をいまでも、妙に鮮明に覚えている。
「耳かきなんて、この世からなくなってしまえばいいのに…」
耳に当てられた診察台の照明とブラインドの隙間から入る西日が、おばあちゃん先生を後ろから照らしていていたために逆光となり、ほとんど表情が見えなかったが、その言葉は、まるで信念から発しているような重みを感じた。
先生が言うには、素人の行う耳かきは百害あって一利なしなのだという。せいぜい綿棒で掃除するくらいが良いとのこと。
でも、ときどき使う耳かきは、やはり気持ちが良いもので、あまり深く傷つけないように気をつけるようになったものの、やめることはできなかった。
耳かきを使うたびに、いまでも、おばあちゃん先生の言葉を思い出してしまう。