2263 ある朝(フィクション)

物思いに耽る(雑感)

ある朝。

目の前に悪魔が現れた。

悪魔というものは、小説や噂には聞いていたが、当然見るのは初めてだった。
びっくりして腰を抜かしてしまうかと思ったら、意外となんてことはない。 まぁ、さすがに悪魔もプロだから、驚かせないようにする方法を心得ているのだろう。

悪魔はひとつの提案をしてきた。「人の気持ちを読める能力」を男に与えてくれるという。

ただし、死んだら魂をもらうという条件で。

男は考えた。

男は、人つきあいがとても苦手だったために、ずっと苦労してきたことを思い出した。

相手に誤解されることも多かったし、実際それで何度も失敗してきた。だから、相手がどう思っているのか、いつも不安だった。

もし、それがはっきりすれば、あれこれ悩まずに済む。相手の心を見透かせば、あらゆる物事はうまくいくんじゃないか…と。

その能力を得るための対価は、死んだあとの魂でいいというのだ。 これなら、負担もないも同然。この悪魔からの申し出は、願ったりかなったりではないか。

でも悪魔は、男のはやる気持ちをあえて抑えこむかのように、1年後に返事を聞かせてもらおうと言って消えていった。

せっかくのチャンスが、1年先延ばしになったことで、がっかりしたものの、1年後の自分を想像すると楽しくて仕方がなかった。これで全てがうまくいく…と。

しばらくすると、男の考えに変化がでてきた。

人の気持ちが分かること自体、問題ないのだろうか?

自分自身でもそうだが、本当の気持ちというものは、結構変わるものだ。

当然実行に移さないまでも、時として”殺意”を覚えることだってある。

そこまでひどくはなくても、結構失礼なことやひどいことを考えることもある。

相手に聞かれたらまずいこともある。

そうした人の気持ちに直接触れてしまうのだ。

これまではあくまで想像だったが、これからは現実を知ることになるのだから、否定しようがない。

逃げることもできないのだ。

相手の自分に対する気持ちは、好意的なものばかりではなく、相当厳しく辛辣なものも少なくないはずだ。

つまり、現実を知るということに対して、それなりの強い精神を持たねばならない。

男は、相手がどう思っても影響を受けない強靱な精神を求めて、トレーニングを始めた。

人の気持ちに振り回されないよう、肉体的にも精神的にも強くなるために、日々努力を重ねた。

そして1年経った、ある朝。

再び現れた悪魔に、男はきっぱりと言った。

「私には、人の気持ちを読める能力は必要ありません」

そこには、1年前に人の気持ちが読めないと不安がっていたとは思えない、自信に満ちあふれ男の姿があった。


もちろんこれは“小説”です。いつものようにネタを書こうと思ったら、だんだん小説っぽくなってきたので、そのまま物語にしてしまいました。当然これはフィクションです。失礼しました。

Posted by ろん