3989 ドラマ「砂の器」を視聴して

ちょっと前のことだが、7年前に連続ドラマで見た「砂の器」が、ふたたび2夜連続で放送されたので、録画したものを視聴した。

そもそも、犯人が誰であるか知ってる状態で、大まかなストーリーも知ってる状態だと、どうしても気になってくるのは、筋書きそのものよりも、俳優陣の演技であったり、登場するロケ地であったり、オリジナルに描かれている部分になる。

今回のドラマは、視点を犯人を追い詰めていくのが、若手の刑事としたところが、目新しかった。

でも、やはり一番気になったのは、この物語の根幹となる部分だ。

親子がふるさとを追われ、放浪の旅に出るきっかけとなった、ハンセン病をどのように取り扱うのか?という点だ。

前回見たドラマでは、まったく違った理由にされていた。

同様に気になっていたのは、僕ばかりではない

そして…今回。

またもや、ハンセン病なんてなかったことにされていた。

ちょっと調べてみると、Wikipediaによれば、前回のドラマについて、以下のようなことが書かれていた。

「ハンセン氏病を他のエピソードに変えること」が原作権を持つ松本家からの原作使用の条件であったことから

これは、前回のドラマに関する記述だが、今回も同じだろう。

原作権の所有者からの指示であれば仕方がないとは思う。

でも…

父親がハンセン病を患ったことで、地域からはもちろん国からも徹底的に差別され、その結果、否応なく放浪することになり、ついには唯一の肉親であったその父親と引き離されてしまった。その経験が、何十年ぶりに再会した恩人を殺してしまう遠因になっているはず。

しかし、その根幹部分を変えられてしまっては、そもそもの殺人を犯した動機がかなり弱くなってしまう。

「なにも殺すこともないんじゃないか?」と思えてしまうのだ。

ここからは勝手な想像。

「根幹部分を変えてくれ」という要望というのは、原作権の所有者は、もしかして、そもそもドラマ化には反対だったのではないだろうか?

つまり、根幹部分を変えるということになれば、ドラマ化自体を諦めてくれるのではないかと期待した…。

…なんてのは、考え過ぎだろうな。

3901 人食いお母さん(後編)

お母さんが、実は人食いだった…という、衝撃的なアフリカ民話の続き。(前編はこちら

なんと、やはりお母さんは、根っからの人食いだったようで、子供たちを逃したことを心から後悔するのだ。

けれども、考えると、どうにも惜しくて仕方がありません。「せっかくのごちそうを、ああも待ったいないことをしてしまった。仕方がない。代わりに、お父さんを食べるとしよう。」

とんでもない展開だが、家に帰った人食いお母さんは、こともあろうか、お父さんを捕まえてこう言う。

「子供たちを食べ損なったから、お父さんを食べることにしたよ。」

しかし、お父さんは、実に冷静にこう言ってのける。

「それはいいがおまえ。私を食べたら、誰がおまえの主人になるんだい。こまんないかな。」

なんだかよくわからないロジックだが、お母さんは、それに納得。やっぱり子供たちを食べなくてはいけないと言って、再び追いかけていった。お父さんは助かったが、せっかく逃がした子供たちが再び餌食になってしまうことに、お父さんはどう考えたのかについての記述はなかった。

ものすごい勢いで子供たちを追いかけた人食いお母さん。

あともう一歩で、おじいさんの村に着くというところで追いつくと、ものも言わずに、二人を飲み込んでしまいました。

それから、村の中に入ると、村の獣や、鳥や人間を片っ端から捕まえて食べてしまいました。そして、最後に大きな斧をひとつ拾うと、それを担いで、うちの方に帰って行きました。

…なんということ! 村じゅうの生き物をすべて食べてしまったというではないか。

さらに話は続く。

おなかがいっぱいになった人食いは、早く帰って眠りたかったので、近道の深い谷を横切ろうとすると、空から大きな鳥が近づいてきました。

鳥が人食いお母さんに「おまえは悪い人間だ」 と指摘。それに対し、人食いお母さんは、

「私は、悪いことをした覚えなどない」

人食いは怒った声で、鳥を見据えますと、

「罪もない人間を食べて悪いことをしたと思わないのか。」

「あれは私の食べ物だ。おまえだって生きるために罪もない鳥や獣を食うではないか。何が違うと言うんだ。」

鳥に負けない強い声で、人食いは、空をにらんで言いました。

人食いのくせに、なかなか鋭いことを言う。それに対して鳥は…

すると鳥はさっといきなり降りていって、人食いの持っている斧を取り上げ、右の腕を切り落としました。

なんと、人食いの質問を無視し、問答無用の攻撃に出たのだ。

「痛い。こら、その腕を返せ。」

人食いは大きな声で叫びました。

「だめだ。返すわけにはいかぬ。」

空高く、鳥がその腕を加えて舞い上がると、人食いは下から、

「こら、返せ。私は帰って、主人のご飯の支度をしてやらなくてはならない。腕を返せ。」

と、追いかけました。

鳥は人食いに対して、容赦をしない。

「もう、そんな心配はしなくていい。」鳥はまた舞い降りると、今度は、人食いの足も切ってしまいました。

ばったり倒れて動けなくなった人食いは、急にしょんぼりしてしまい、

「鳥さん、鳥さん、助けておくれ。私に、手と足を返しておくれ。その代わりに、鳥さんにとってもいい歌を教えてあげよう。」

ついに、人食いは、鳥に対して命乞いに出る。しかし、鳥は、とどめを刺すのだ。

でも、鳥は、知らん顔でまた降りてくると、人食いのお腹を斧で切りました。

この鳥の非情さを見ると、人食いが気の毒に思えてくる。

そうすると、中から水牛や鶏やイボイノシシがみんな元気よく飛び出してきました。

そして、村の人たちに続いて、一番最後に、二人の子供がにこにこ笑って出てきました。

みんな大喜びで鳥にお礼を言いました。

「鳥さん、ありがとう、おかげで助かった」

村の人たちが手を振って、喜ぶと鳥は笑って

「私のせいじゃない。人食いのお母さんでも懐かしがった兄妹たちのおかげさ。」

そう言って、遠くに飛んで行ってしまいました。

二人の子供は、村の人たちから感謝され、大きくなって兄さんは、その村の酋長に、妹は隣村の酋長のお嫁さんになったということです。

アフリカ、カフェルン族のお話ということだが、なんとも言えない読後感…。このお話から、何を学べばいいのか、どう受け止めたらいいのか?…とにかく、ユニークな民話だった。

ただ、考えてみると、日本でも鬼子母神という例もあるわけで、なぜかお母さんが人を食べるというお話が、古今東西あるというのが、なんとも興味深い。

3900 人食いお母さん(前編)

先日、いつものように図書館に行ってきた。

図書館の前の棚に、“リサイクル本”として、古くなった本を配っているコーナーがある。ほしい人が自由に持って行けるようになっている。

ふと、そこにあった本がどうしても気になった。そして、そのタイトルに自分の目を疑った。

「人くいお母さん」

これはいったい…

どうやらアフリカの民話らしいが、あまりの衝撃的なタイトルに、つい立ち読みしてしまった。

物語はこんな感じで始まる…

子供たちのお母さんは、人食いだったので、お父さんは二人が生まれるとすぐおじいさんのところに預けました。
子供たちは大きくなると、お父さんやお母さんに会いたくてたまらなくなりました。
「そうだな、無理もあるまい。だが、すぐ帰ってこなくてはいかんぞ。おまえたちのお母さんは、人食いだからな。何でもいいから、とにかくお父さんに会って相談をしてごらん。」
やっとおじいさんからお許しをもらった子供たちは、大喜びでお母さんのうちに向かいました。なるべくお母さんのいない朝のうちに着くようにと、夜遅く出発したのです。

…と、両親に会いに行った子供たち。

お父さんには無事に会えたが、やはりお母さんは、人食いということで、お父さんは子供たちを隠す。しかし…

「うまそうないいにおいがする。わかい、美味しそうな子供のにおいがする。」

そこら中を探し回って、ついには子供たちを見つけてしまうのだ。

「なんだ、おまえたちか。どうして帰ってきたんだ。しょうがないなぁ。私が人食いだっていうことを忘れたのかい。帰ってきたから、私の子供だって、食べずにはいられないんだよ。かわいそうだが、食べてしまうからね。」
「でも、まぁ、いまは、カモシカと人間が一匹ずついるから、これを食べておこう。これを食べてから、おまえたちを食べることにするからね。それまで仲良く遊んでおいで。」

カモシカと人間を食べたお母さんは、お腹いっぱいになって寝てしまう。

食べられるまで遊ぶほどバカではない子供たちは、お父さんの勧めもあって逃げていく。しかし、子供たちが逃げ出したことに気付いたお母さんは、子供たちを追いかける。

そして、ついには人食い母さんに追いつかれてしまう。

追いついた人食いお母さんに、自分たちを食べないよう頼み込む。

「しょうがない 子供たちだねぇ。ふたりがなかよくしているっていうんなら、まぁ許してやろう。ほんとにおじいさんのところで仲良く暮らすんだよ。」
そう言うと、おとなしく自分のうちの方に帰って行きました。

無事に、人食いお母さんから逃げることができた、子供たち。

しかし、その後、事態は急展開する。

後編に続く

3376 一葉記念館

一葉記念館公式サイトへ。

最寄り駅は地下鉄日比谷線三ノ輪駅から徒歩10分くらい。ちょっとわかりにくいかも。

5000円札の肖像画にもなったくらいだから、もちろん、名前は知っているが、実は作品は読んだことがない。しかし、記念館の展示を通じて、彼女の生い立ちや生きた時代背景などを知ると、いろいろ興味がわいてくる。詳しい解説で、新しい知識を得ることができた。

詳しくは、公式サイトをご覧いただければと思うが、本人の書いた手紙や小説の一部など貴重な作品が数多く紹介されていた。

しかし、注文を言わせてもらえるとしたら、紹介や解説だけでなく、実際にそこに書かれている言葉そのものを“翻訳”してくれたら、もっと楽しめたのに…と思った。

彼女が一時期住んでいた場所が、資料館から歩いて数分くらいのところにあると聞いたので、行ってみることした。

一葉ゆかりの地と示すものは、その碑くらいで、それ以外は、ごく普通の街並みだった。

3558 武者小路実篤記念館

武者小路実篤記念館公式サイトへ。京王線つつじヶ丘駅から10分ほど。

記念館に入ろうとしたとき、旧実篤邸が15時で閉館してしまうという話を聞いた。では、記念館を見学する前に、旧実篤邸を見に行くべきか?ということになったが、実篤公園にあるという旧実篤邸と記念館の位置関係がわからず、軽く迷ってしまった。

記念館とは、地下道でつながっているということがわかり、実篤公園に向かう。

緑豊かで、静かな池のほとりを歩いていく。夏の暑い時期でもひんやりと涼しそうな感じ。しばらく歩くと小高い山の上に、旧実篤邸があった。そして、ふたたび地下道が…

デジャブかと思った。いずれも、道路が通っているために、このような作りになっているらしい。

旧実篤邸の中を見学。中を見学といっても、あちこち観ることができるわけではなく、廊下と一部の部屋のみだった。

ふたたび記念館に戻る。

現在の展示は、「白樺派と漱石」というもので、夏目漱石との関わりについてのであった。このあたりも、あまりよくわからない話なので、ちょっとわかりにくかった。

今回の企画のせいだろうが、武者小路実篤よりも夏目漱石の話が多かったため、武者小路実篤記念館で一番印象的だったのが、夏目漱石という不思議な結果になってしまった。

それにしても、星新一展でもそうだが、どうしても年表に頼る展示が多い気がする。大事なのはわかるが、もう少し、知らない人にもわかりやすくはできないだろうか? もちろん不勉強であることは認めるが、たくさんの資料や展示に圧倒され、見どころがわかりにくくなっている気がするのだ。

3557 世田谷文学館

世田谷文学館公式サイトは、京王線芦花公園駅から歩いて数分ほどのところにある。

ここ最近出掛けているのは、ぐるっとパス2010があるおかげだが、今回は「星新一展」という企画展をやっていたので、もしかすると、ぐるっとパスが無くても出掛けていたかもしれない。それほど、星新一は、僕にとって気になる作家だ。

企画展の前に、常設展を見学。常設展は「文学に描かれた世田谷 100年の物語」というもので、世田谷区に縁のある作家と世田谷区の登場する物語を紹介している。物語が書かれた当時の世相や作家ゆかりの品なども展示されていた。文学に疎い僕でも、知っている作家が数多く世田谷にいたということを初めて知る。

常設展に入るところで、電動からくり人形の展示があった。数十センチ程度の箱に収められた箱の正面には、ふたがしてあって、決められた時間になると、係の人がそのふたを開ける。すると、中の人形が音楽やナレーションとともに動き出し、なんとも言えない雰囲気が漂う。1話は、だいたい数分間程度。

作者はムットーニという人だそうで、本名は武藤政彦。最初、この名前を見たとき、ムッソリーニだと誤解してしまった。もちろん無関係。

いよいよ、企画展の星新一展を見学。ぐるっとパス2010には、この企画展は含まれていないために、追加で料金を支払う。

星新一のショートショートで、文庫で刊行された作品は、ほとんどすべて持ってたと言っていいくらい、よく読んでいたが、ここ最近は、すっかりご無沙汰だった。

それだけに、どんな展示か楽しみにしていたのだけれど、正直ちょっと期待はずれの感は否めなかった。

というのも、前半は、彼の父である星一(ほしはじめ)の話ばかりで、後半も星新一の生涯を年表形式で追っていくだけで、つっこみが甘いような気がしてならなかった。

もちろん、星新一は、彼の父に強く影響されたことは間違いないし、生涯を追うことも興味深いことではある。貴重な直筆の原稿(わずか2mm四方程度の文字でぎっしり書ている)など、初めて知ったことも多い。

でも、もっと知りたいことはいろいろあるのだ。もともと小説家になろうと思っていなかった彼が、どうして膨大なショートショートの数々をどうして量産できたのか? その時代背景は?…とか、有名な作品はどういうきっかけで思いついたのか?…とか。

彼の作品を知らない人にも、また僕のような忘れかけてる人にとっても、ショートショートの作品自体を紹介してもいいと思うのだけど。短いんだし。真鍋博や和田誠など、星新一作品に書かすことのできないイラストレーターの紹介はあったのに。

写真撮影してよいところは、ボッコちゃんコーナーだけ。ちなみに、ボッコちゃんはショートショートのひとつ。

入口では彼の作品や、ホシヅルという星新一が描いたツル?のオリジナルストラップが売られていた。ストラップはあまりつけないようにしてるので買わなかったけど、久しぶりに彼の作品をまた読みたくなった。

3485 再犯

千葉女子大生殺害放火事件で逮捕された容疑者は、刑期満了で出所した直後から、犯罪を犯し続けたことがニュースで伝えられている。

新聞によれば、ふつう刑期を満了した受刑者は、保護観察や居住地の指定などの制限は一切なく、結果的には“野放し”状態で社会に戻ってくるらしい。

もっとも刑期満了なのだから、これ以上、行動に制約を課したり、住む場所が制限されるというのは、変と言えば変だが、その一方、実際に出所した受刑者の帰る場所が“ない”というケースは少なくないという。

帰るところもない、不況で仕事もない…とということで、結局、また犯罪に走るということが繰り返されている…とも考えられる。

また、一般的に薬物犯罪や性犯罪などは、再犯の可能性が確実に高いともいわれている。にもかかわらず、ほとんど対策が取られていないのが現状なのだ。

もし、そうした人たちに被害にあったら、悔やんでも悔やみきれない。何らかの対策は取れないのか?と思うのは当然だろう。

ここで問題。

刑期満了で出所した人について、どこまで国が関与すべきなのだろうか? 再犯の悲劇を防ぐにはどうしたらいいのか?

もし本当に再犯防止を徹底しようとしたら、保護観察のための担当者を増員しなければならないし、住むところがなければそれをあてがわなければならない。心理的精神的な原因が否定できない場合、カウンセリングや教育等のプログラムも用意しなければならない。

新聞の報道では記述はなかったが、当然ながら、こうした対策のためには膨大な多額の費用がかかるのは、いうまでもないことだ。

悲劇を防ぐためのコストとして、彼らにどれだけ“投資”すべきなのだろうか? いろいろ考えてみたものの、なかなか答えが出なかった。

1765 感想いろいろ

 隣の課の、ふ~さんからは、いつもいろいろ本を貸してもらっている。今回は「あらしのよるに」「クジラを捕って、考えた」という本を借りた。また同じ課の“幹事長”からは「8時だヨ
! 全員集合 DVD-BOX」を借りてお正月に見させてもらった。なんだか借りてばっかり…。読んだ感想や見た感想をまとめてみよう。同じ内容ですが龍的書店にも収めてあります。

あらしのよるに〈1〉

あらしのよるに

 こんなにドキドキする絵本を見たのは初めてかもしれない。
 嵐の夜、オオカミとヤギが雨宿りした小屋に居合わせてしまったことから始まったなんとも不思議な物語。真っ暗な小屋の中で、お互いを仲間と誤解してしまう。まさか食うか食われるかの関係だとは、本人?たちも気付かなかったのだ。特殊な環境下に置かれたことで、ありえない友情が生まれたのだ。ただし、これは“特殊な関係”であり、常に微妙な危うさが漂う。そんな危うさが、ページをめくる手に力が入ってくるのかもしれない。
 すでに絵本でずっと前から発表されていた作品らしいが、映画化されたことによってさらに有名になったらしい。続編がとても気になる。
 傍から見たらとても危うい関係なのに、本人達はいたって平気。でも、本人達だって実はお互い微妙に気を遣っている…実際の世界でも似たようなことはある。心当たりありませんか? 【★★★★★】

クジラを捕って、考えた

 僕自身の意見としては、捕鯨は、絶対反対というわけでも絶対賛成というわけでもでもない。おそらくは多くの人たちと変わらない程度の意見しか持ち合わせていない。ただ、議論の推移については以前から興味があった。捕鯨関係の本は、これで2冊目。調査捕鯨というものに興味を持った著者が、半年間南氷洋での調査捕鯨に同行し、ありのままの様子を描いている。実際に鯨が発見、捕獲、解体されるシーンは非常にリアルで、これまであまり見聞きしたことのない貴重な話だ。調査捕鯨では実際にどのようなことが行われているのかということが、とてもよくわかる。
 読み終えたところで、ではどうしたらいいかという明確な答えが出てくるわけではないけれど、何か落としどころというか、解決策のようなものがないだろうか…と真剣に考えたくなる。 【★★★★☆】

ザ・ドリフターズ 結成40周年記念盤 8時だヨ ! 全員集合 DVD-BOX

8時だヨ ! 全員集合 DVD-BOX

 かつて「ひょうきん族派」と「ドリフ派」にわかれていたが、僕はなんと言っても「ドリフ派」で毎週欠かさず見ていた。番組を見た翌日から志村けんや加藤茶の真似をするのが当たり前だった。よく母から注意されたっけ。
 コント中の、たらいとかやかんが頭から落ちてくるシーンや、「ヒゲダンス」など、とても楽しかった。

 でもそれ以外のコントでは、どういうわけか、あまり懐かしさを感じられなかった。確かに毎週見ていたはずなのに。この違和感は何なのだろう? いかりや長介が「おいーっす」と、観客たちに呼びかけるシーンはよく覚えていても、その直後にコントの状況や設定の事前説明をしていたことなど、全然覚えてなかったし、後半が始まる前に、なぜかスーツを着たいかりや長介が「はい後半です。後半しゅっぱーつ!」と宣言するシーンなどは、全く覚えていなかった。いかに子供の時の視点と大人の視点が違うかということを感じさせられた気がする。

 他の感想で見て思い出したのだが、志村けんの「スイカ早食い」とか「早口言葉」など、思い出深いネタが割愛されている。もしかするとそうした思い出深いネタが抜けていることが、懐かしさを感じさせない遠因になっているのかもしれない。 【★★★☆☆】