4116 タワーホール船堀

妙見島上陸のために向かった電車から、見知らぬタワーが見えたので、その帰りに寄ってみることにした。

これは都営新宿線船堀駅駅前の「タワーホール船堀」という施設で、店舗や会議室、映画館、結婚式場まである江戸川区営?の複合施設だった。

 

もちろんお目当ては、最上階の展望台(展望塔)。

ビルの最上階までエレベータで上がり、さらに展望塔に上がるエレベータに乗り換える。

展望塔の部屋自体は想像以上に小さい気がした。

でも、高さ115mは、付近で最も高い建物のようで、360度見渡せる絶景は、なかなかのものだ。

高い建物に上がるとすぐに探してしまうのが…

東京スカイツリー。

もちろん、東京タワーも見えたが、さらに遠く高さも低いために、他のビルに混じって見えづらかった。

他には、東京ゲートブリッジとか…

東京ディズニーリゾートなども見えて楽しい。

これだけ楽しめて、無料なのは嬉しい。

4090 富士屋ホテル 花御殿、食堂棟

花御殿は、1936年(昭和11年)に建てられた。

花御殿のロビーは本館のロビーと違い、和というより、洋の雰囲気がする。外観は独特な寺社建築を思わせるのに。

ロビーに隣接して、チャペルがあったり、内部の白い壁のせいかもしれない。、

昨日泳いだ温水プールは、このロビーの先にある。

花御殿の特徴は、その名の通り、花がモチーフになっているところ。

各部屋は、番号ではなく、花の名前が用いられ、キーホルダー…といっても、かなり巨大だけど…には、その花があしらわれている。

現在は、番号も併用されているようだが、すごくしゃれている。

部屋に向かう階段は、箱根名産の寄木を思わせるようなデザイン。

各客室の扉には、その部屋の名前の花が描かれている。

どうせ泊まるのだったら、花御殿に泊まりたいもの。残念ながら、部屋の内部はわからないので…。

廊下から外を見たら、メンテナンス用のはしごが屋根に向かって伸びていた。

この形から察するに、上にあがるには、空中の斜め前方向に上がらなければならず、かなり怖そう。

屋根だけを見ると、お寺の建物に見える。

4089 富士屋ホテル 本館

富士屋ホテルのまずは本館を紹介。

本館は明治24年に建築された富士屋ホテルでは最も古い建物だ。

まず入って目立つのが、この階段。

なんてことないような感じだが、手すりの色合いや、踊り場の緩やかなカーブは重厚感が感じられる。

フロントは、ホテルの規模からいって、かなりこぢんまりとしていて、チェックインや、チェックアウトが集中する時間帯は、かなり混雑してしまう。

背後に、花御殿で使われる、巨大なキーホルダーが見えた。

いつまでも減っていなかったから、これはオブジェなのかな?

まるでドラマや映画に出てくるような独特な雰囲気。

かと思えば、フロントのすぐ脇にある、柱にはいろいろな“遊び心”があって楽しい。

尾長鶏の彫刻がユニーク。

この尾長鶏は、ちょっとし有名なニワトリで、日本を訪れたヘレンケラーも関心を持っていたようで、写真も残っている。

ほかにも、ひょうたんや、中には、ゴルフクラブなどもある。

いまはロビーとして使われているマジックルームは、かつてその名の通り、マジックを披露していたらしい。

その奥には、オーキッドラウンジがある。昨日の午後、あんなに混雑していたラウンジは、夜、訪れてみると、お客さんは誰もいなかった。

長細く続くラウンジは、まるで鉄道の食堂車のような雰囲気だった。

なお、この本館は、国登録夕家文化財と近代化遺産に指定されている。

4088 富士屋ホテルで過ごした午後

富士屋ホテルは、いくつかの建物から構成されていて、入口があちこちにあるものの、メインエントランスは本館にあるようだ。

ホテル全体の写真を撮りたかったが、全体を写そうとして離れると、木の枝が邪魔で見づらくなってしまうし、近づくと全体が写らない・・・。

館内は、カウンターもロビーも、かなり混雑していた。

少し待って、チェックインの手続きは済んだものの、案内は14時からということで、また待たされる。もともとチェックイン開始時刻が14時なのだから仕方がないが、チェックイン開始時刻にこんなに混んでいたのは、初めてのような気がする。

案内されたのは、残念ながら、“富士屋ホテルならでは”…という部屋ではなく、いたってふつうのところ。

今回来るきっかけになったのが、かなりリーズナブルなプランを見つけたから…なので、仕方がない。

部屋で少し休んだあと、ホテルの中を歩いてみた。

まずは庭園に出てみることにした。

ホテルが、山の斜面に建てられているため、庭園も全体的に勾配があり、起伏も大きい。

藁葺きの水車小屋があったり、結婚式会場らしき場所があったり(かなり寒そうだけど)、いろいろと見どころがある。

さらには、温泉のお湯を利用した温室まである。

ちょっと庭園を歩いているだけで、かなり身体が冷えてしまったので、温室はありがたかった。

メガネもかなり曇ったけど。

ここの温室で栽培されている植物は販売もされているみたい。

温室からそのまま建物に廊下が続いていたので、歩いていくと、壁に何かがくっついている。

金魚だ。

なぜ、ここに金魚なのかはよくわからないけど、おもしろい。

 

16時になると、富士屋ホテルの館内を紹介するツアーがあるので、その前にラウンジでおやつでも食べようと行ってみたら、これが大混雑。8組待ちだった。

このまま待つか、ツアーの参加か迷ったが、ツアーのさんの参加をやめることにした。というのも、今日は、混雑と貸し切りスペースが多いため、ツアーというよりも、見どころ紹介という感じのお話のみになるとのことだったからだ。

ツアーでいろいろと案内してもらいたかった僕としては、かなり残念だった。

16時前になって、あっという間に客が減った。みんなツアーに参加する前の時間つぶしだったのだ…

いただいたのは、「ハイティーセット」

シナモントーストとスコーン。そしてクローテッドクリーム、ブルーベリージャムが添えられいて、美味しかった。

クローテッドクリーム、ブルーベリージャムの量と、スコーンの数がアンバランスのような気が…。

夕食までは時間がルので、ふたたび、館内を散策。

花御殿地下に、富士屋ホテルの歴史を展示した史料館があるとのことで、見学に行った。

1878年(明治11年)創業という歴史があればこそ、こうした史料館が必要だし価値もある。

入ってすぐのところにある銅像…。このインパクトある人こそ、富士屋ホテルの2代目、山口正造である。

このヒゲにまつわるエピソードをはじめ、興味深い歴史については、今回泊まるのに合わせて読んだ本に詳しく載っていたので、追って紹介したい。

宮ノ下は山間にあるから、すぐ暗くなると思っていたが、意外とまだ明るい。

ちなみに、建物の写真をを撮った時刻は、17時42分。

夕食後しばらくしてから、花御殿地下にある温水プールに行ってみた。水着も無料で貸してもらえるということだし、他に客もいなかったので、入ってみることに。

花御殿は、戦前に建てられた建物だが、このようなプールが、現役で活躍しているのはすごい。

ジャグジーも併設されていたものの、ジェットの水流が、“気持ち程度”で、ほとんど威力がなかった。

それにしても、そもそも“泳ぐ”ということ自体、おそらく、20年振りくらいだったので、ある意味貴重な経験をさせてもらったことになる。

部屋に戻って本を読んでいたら、カーテンの向こうからときどきモーターのうなるような音が聞こえてくる。

箱根登山鉄道が急な勾配を上り下りする音だった。

22時を回っても、意外と?乗客はいるもので、おそらく地元の人なのだろう。

館内を散策して撮った写真は、次項以降で紹介したい。

4066 メタボリズムの未来都市展

「メタボリズムの未来都市展」は、以前からずっと見に行こうと思っていた。4ヶ月もやってて、会期が長いから、いつか行けばいいかと思っていたら、なんと、もうおしまいだという。

慌てて、六本木ヒルズ森美術館に向かった今日は、展示最終日だった。

タイトルになっている、「メタボリズム」という言葉は、日本では、“メタボリックシンドローム”という言葉の影響が強いので、正しく理解されないのないかと勝手に心配してしまう。

メタボリックとは、新陳代謝のこと。

環境に素早く適応し次々と姿を変えながら増殖していく生き物になぞらえた表現だった。

このメタボリズムの中心となったのは、丹下健三、黒川紀章、磯崎新、槇文彦、菊竹清訓、大高正人というそうそうたる建築家たちで、本当にたくさんの建築作品を世に送り出してきた。

1960年から70年代。

高度成長期の日本にあって、メタボリズムは、さまざまなな問題を解決する一つの解だったのだろう。

それは、まるで必要に応じて姿を変えていく生き物のように、都市も建築も大きく変化すべきと。

まさに新陳代謝。

必要に応じて、取り替えるという考え方だった。

この考えは、20年に1度社殿のすべてを建て替える式年遷宮のように、実は日本古来からある考え方というと、単純に「なるほど~」と感心してしまう。

東京湾上に新しい都市を作り上げるという、東京計画1960など、当時計画された、さまざまなプロジェクトが、コンピュータグラフィックスでよみがえっていた。

なんとなく、フジテレビっぽいなぁ…と思うと丹下健三の作品だし、僕が愛して止まないカプセルタワービルっぽいなぁと思うと黒川紀章、江戸東京博物館っぽいと菊竹清訓といった感じで、未完の作品を見て、その作者の実在する作品を想像するのも楽しかった。

その後の日本はどうなったか?

メタボリズムの根底にある「取り換える」という思想は、1度も交換されることのなかった中銀カプセルタワービルの例を見るまでもなく、完全に実現したとは言い難い気がする。

(これらは、本展覧会で、紹介されているわけではありません)

総リセットで、しがらみのない世界を目指したメタボリズム。

未来が希望に満ちあふれてい時代には、それが許されたのだと思う。

メタボリックシンドロームに陥った、現代の日本における解って、なんだろう?

とにかく盛りだくさんの展示だった。もう一回見たいと思ったが、今日が最終日。残念。

4032 首都高未成線から浜離宮まで歩く

今日は東京駅地下コンコースから出発。

東京駅前の、丸ビルでは、もう大きなクリスマスツリーが飾られていた。

東京駅の復原工事もかなり進捗してきたようで、復原された丸屋根がちょっとだけ頭を覗かせていた。

また駅前にあった、東京中央郵便局も建て替え工事の真っ最中。今後どんな感じになるんだろう。元の雰囲気はちゃんと残るだろうか?

築地橋にやってきた。

たしか、ここには、首都高速の未成線(途中で計画や建設が中断された路線)があったはず…と、橋から下を見てみると…

首都高速の出入口の両脇に、なにやら、怪しげな使われていない道があった。やっぱりここだ!

使われていない道をたどっていく。上の写真を撮った場所(築地橋)は、下の写真では奥に写っている。

使われていない道は、さらに先に続いていたが、途中で公園になっていた。


いままで見てきたのは、地図で見ると、赤の矢印方向。青の矢印方向を見ると…

ぽっかりと大きなトンネルが見えた。

いずれ、もうちょっと詳細に調べてみたい。

聖路加国際病院を通る。

本当の名前は、聖路加…って、セントルークスっていうのか…知らなかった…。

築地の波除神社にやってきた。

巨大な獅子舞の獅子?が2体も置かれていた。

その前にはお賽銭箱があるのだけど、なぜかその手前に、清めの水が置かれているせいか、「賽銭箱に水を入れるな」という注意書きがあった。

そりゃそうだ。

かなり狭い境内に、いくつもの、専用の“塚”があった。

見つかった限りでは、玉子塚、すし塚、海老塚、魚塚、鯨塚…などなど。

さすが築地ならではといった感じ。

浜離宮恩賜庭園へ。

ここは、かなり久しぶり。

東京湾から海水を取り入れ潮の干満で景色の変化を楽しむ、潮入りの回遊式築山泉水庭といわれている。

池は、海水なので、鯉のような見応えのある魚はいない。

その、海水を取り入れるところが、この水門。

東京湾の方がかなり水位が高いのは意外だった。

歩いてみると、景色に変化があって、歩き応えのある庭園だった。

また想像していたよりもかなり広かった。

また別の季節にでも訪れても楽しそうだ。

浜離宮をあとに、帰ろうとすると、外国人観光客が浜離宮とは反対側の方向に向けてしゃったを盛んに押していた。

何だろうと思って、そちらの方向を見てみたら…

やはり、中銀カプセルタワービルだった。 そういえば、最近あまり行ってないな…。

4006 気になる建物

午後、日本橋へ所用で出掛けた。

ちょっと時間があったので、日本橋高島屋の屋上に上がってみた。

以前、ある建築に関するイベントに参加した際に教えてもらった、気になる設備を見に行った。

それは、さまざまな機械や換気、冷却などの設備が収納されている塔屋と呼ばれるのので、通常は、何の変哲もない形をしているものだが、これは、ちょっと独特の形をしている。

この形を見て、すぐにある動物を思い出すことがでぎた人は、なかなか鋭い。

1950年(昭和25年)、日本橋高島屋の屋上に象が連れてこられた。名前は「高子ちゃん」というそのまんま。「象のいる百貨店」として人気になったそうだ。

そんなことがあって、象をモチーフにした塔屋が作られたという。

ほかにも、東郷青児デザインのエレベータの扉や、壁材に使われているアンモナイトの化石…

百貨店初の重要文化財に指定された建物だけあって、見どころが多い。

ここから少し歩いたところにも興味深い建物がある。

三菱倉庫の江戸橋倉庫ビルという建物で、見れば見るほど趣がある。

この建物が建て替えられるという掲示があった。歴史的建造物を残しつつ背後に超高層ビルと建てるという、最近よくある手法を取るようだ。

雰囲気が残るだけでも、よしとするべきか。

こちらの建物は、1930年建築。日本橋高島屋は1933年、そして、先日一部取り壊しが始まった九段下ビルは、1827年の建築。

重要文化財としてそのまま活用される建物…。

全面的な取り壊しは免れたものの建て替えられる建物…。

修復されることなく取り壊しされていく建物…。

関東大震災の復興を目的とした1930年前後に建てられた建物の末路は、人間のそれに似て、いろいろ考えさせられる。

4003 九段下ビル…ついにこの日が…

見慣れたものは、違うと分かっていても、なんだか、ずっとそこにあるような気がしてくる。

そして、それがやはり違っていたということを知るのは、いつも突然だ。

あの、九段下ビルが、ついに取り壊されるらしいと、みわわさんから、連絡をいただいた。

なかなか行ける時間もないので、出勤途中に寄ってみた。

最初に訪れたのは、もう4年以上前になる。

勝手に潜入したドキドキ感は今でも鮮明に覚えている

当時と変わらず、外壁材落下防止ネットに覆われ、ちょっと、ぼやけた表情を見せていたが、一部が仮囲いがされて、いよいよ工事が始まっていたようだった。

このまま、全体が覆われてしまうのだろうか?と心配になりながら、近づいてみる。

どうやら、九段下ビル全体の半分弱が取り壊しの対象とのこと。

ふつう、こういうときは、ビル全体を取り壊すものだろうが、さすが権利関係が複雑だけあって、取り壊し方も独特だ。

取り壊し対象以外の部分は安泰か?というと、そうでもない。いや、状況は悪化の一途のようで、つい最近まで営業していた喫茶店「東京珈琲」は廃業し、以前はなかった落書きも目立つようになってきた。

ビルのちょっと上の方を見てみると、やはり以前のまま、時が止まっていたままだった。

このビルが縁で、画家の大西信之さんや、みわわさん(須貝美和さん)ともお知り合いになれたこともあって、思い入れは強い。

始まってしまった取り壊しはどうすることもできないけど、せめて、残った九段下ビルが活きるような再開発をしてほしい。

3781 東京スカイツリー539/634

隅田川七福神巡り(その1その2)を終えて、業平橋駅に向かう。

駅に近づくにつれて、見上げる人たちの姿も増えてきた。

伊勢崎線の高架下をくぐると、歩道が歩道の役目を果たしてないくらい、人でごった返していた。

どうしてこんなに注目されるのだろう…って、僕も気になるんだけど。

以前はよく見えた、てっぺんが、だいぶ見えなくなってきた。

もう、高さが500m突破しているのだから、それだけ高くなってきた証拠なのかも。

東京スカイツリー インフォプラザを見学。

イメージキャラクターのソラカラちゃんがお出迎え。

2012年春までの完成まで、まだ1年以上あるのに、すでに、いろいろなオリジナルグッズが売られていた。

東京スカイツリーという名前は、僕はけっこう気に入っている。

でも、これに合わせて、駅名も改称するというのは、残念なニュースだった。しかも、「東京スカイツリー駅」ではなく、「とうきょうスカイツリー駅」と、無意味に東京の文字をひらがなにしたところが、もっとも残念なところだ。なぜひらがなにする必要があるのか、理解できなかった。

でも、調べてみると、その理由は商標権にあるようで、したたかな戦略が背景にあるようだ。

業平橋駅のプラットホームへ。

どうやら、白線からはみ出して、東京スカイツリーを見上げたり、写真を撮ろうとする人たちがあとを絶たないみたいで、警備員が拡声器で何度も注意していた。一昨年の9月に来たときは、まだまだ見上げる人はまばらで、ホームも静かなものだった。

このあたりの様子もどんどん変わっていくだろう。

今日は諸事情があって、あまりじっくり見られなかったのだが、また来て様子を見てみたい。

いまの高さは、539m。残り100mを切った。