ブータン、これでいいのだ/御手洗 瑞子

ブータン、これでいいのだ
御手洗 瑞子

新潮社

これまで、ブータンという国について意識することは、ほとんどと言っていいほどなかったが、昨年、国王夫妻が来日されたことで、注目を集めたのは記憶に新しい。

昨年、震災被災者への励ましや暖かなお言葉で、より親近感を持った人も多いだろう。

そんなブータンに、首相フェローとして1年間滞在した女性の目を通してみた、素顔のブータンを紹介する。

ブータンを紹介するとき、欠かせないのは、GNHという考え方だろう。

このGNH(Gross National Happiness)は、「国民全体の幸福度」を示す“尺度”のことで、GNHの最大化が、ブータンが国家のビジョンとなっている。

国の指標としては、たいていは、金銭的・物質的豊かさの指標である、国民総生産(Gross Domestic Product,GDP)が使われているが、けっして、それを否定するものではなく、GDPは、GNHの一部として考えるというのだ。

なるほど、うまいことを考えてるな…と思った。

金銭的・物質的豊かさを目指すのではなく、精神的な豊かさ、つまり幸福を目指し、金銭的・物質的な豊かさは、その結果としてついてくればいいというわけだ。

日本とはまったく違った考え方、価値観は、とても新鮮に感じる。

著者が経験したこととして、ブータンでの仕事で、ブータン人は、予定を手帳などで管理していないから、覚えられる数日くらいしかスケジュールが決まらないという。

当然ながら、ミーティングもできないし、仕事は遅々として進まない。

でも、そんなことはお構いなしで、なぜかやたらと自信だけは満々というブータンの人々。

ほかにも、ブータン独特の風習や考え方がたくさん紹介されている。

日本とは違った価値観がベースにあってこそ、GNHというような施策が考えられるのではないかなぁ…と思った。

著者が、纏めたブータンの特徴として挙げられたことを引用させてもらうと…

  1. GNH(国民総幸福度)という、国を運営する上での独自のビジョンを明確に持っている
  2. グローバルに視野を開きながら自国の文化も深く理解し国の舵取りができる、驚くほど優秀なリーダーたちがいる
  3. 国民一人ひとりの「幸せ力」が強い
  4. 国全体が社会というよりコミュニティ

思ったのは、これらは、よく見ると、実は、いまの日本に足りないことばかりではないか?ということだった。

幸せを感じるために必要なことが、まさにこれらなのではないか?

4.については、島根県や練馬区と同じくらいの人口しかいない小さな国だからこそできるのかな…というふうにも思った。

幸せを感じるためには、適度な規模というものがあるのではないか。

今の日本は、大きくなりすぎて、問題が複雑になりすぎている気がするのだけどどうだろう?

これからの日本や、自分の考え方を見直してみるきっかけにもなりそう。

とても読みやすく、おもしろかった。

鉄道トラブル巻き込まれの記/雑喉 謙

鉄道トラブル 巻き込まれの記
雑喉 謙

文芸社

生粋の鉄道ファンである著者は仕事柄、全国を飛び回っていて、どんなに長距離でも飛行機は使わず鉄道だけで移動している。

そうなると、いくら世界的見て極めて正確な日本の鉄道であっても、トラブルに巻き込まれる確率は高まるというもので、本書はそんなトラブルに巻き込まれたときの話が詳細に記されている。

おそらく当時の状況を記録しているからだろうが、分単位で経過が記されていて、かなりリアリティがある。

1953年9月から2007年6月まで、数えてみたら、実に43のエピソードが載っていた。

43…って、いくら鉄道好きだって、巻き込まれ過ぎだろうと思いながら読んでみると、ストライキに巻き込まれたというエピソードが散見された。

たしかに、30年~40年ほど前、いまでは考えられないくらいの頻度でストライキや順法闘争などが起きていたし、国電同時多発ゲリラ事件のような物騒なトラブルもあった。

ストライキのために、乗客たちが線路の上を歩いて目的地に向かうシーンをニュースで見たことがある。

本書のように、鉄道トラブルに巻き込まれた出来事をまとめたという切り口は、これまでなかったような気がするが、先述のように、少々古い出来事が多く、当時の事情を知らないと、理解はちょっと難しいかも…と思った。

未来マシンはどこまで実現したか?/石川 憲二

「未来マシン」はどこまで実現したか?−エアカー・超々音速機・腕時計型通信機・自動調理器・ロボット−
石川 憲二

オーム社

21世紀が未来だと思っていた小さいころ。

みんなツルツルの服を着て、宙に浮く車が街を駆け抜け、とんでもないスピードで飛ぶ飛行機で世界のあちこちに出掛ける…なんていう未来を誰もが想像したものだ。

しかし、ほどなくして、そんなわけないということを自覚するようになった。

でも、スマートフォン。

よく考えたら、手のひらですごいことができる夢のような機械だ。

誰も想像しなかったこんな機械が存在する一方で、誰もが実現すると思っていた、鉄腕アトムのようなロボットは実現していない。

この理由として…

・技術・技術の進歩が、ロボットよりも情報・通信システムの分野に偏った。
・社会が高性能ロボットより高度な情報・通信システムを必要とした。

…と考えられるものの、こたえは複雑。

エアカー、超々音速機、腕時計型通信機、自動調理器、ロボット…

期待がおおきかったわりには、結局大した形にならなかったり、想像とは違った形になってしまった“未来マシン”たち。

予想通りに進化したもの、予想以上に進化したもの、予想とは違った方向に進化しているものなど、この本では、未来マシンたちの、さまざまな運命を丁寧にたどっていく。

空気で浮上するエアカーは、ホーバークラフトに、自動調理器は電子レンジという姿で実現しているという解説は、なるほどと思った。

言われるまでそうは思わなかったし、まるで、生物の進化を見ているようで、とてもおもしろく読んだ。

わが鐵路、長大なり 東急・五島慶太の生涯/北原 遼三郎

わが鐵路、長大なり 東急・五島慶太の生涯
北原 遼三郎

現代書館

もうずっと前から読んでいたのだけど、なかなか読み終わらなかった。

会社の同僚から借りていて特に締め切りがない上に、図書館で予約した本が次々とやってくるとか、350ページ強というボリュームだとか、理由はいろいろあるが、連休のあいにくの雨の日の午後を使ってようやく読み終えた。

彼は、東急グループの創業者として有名だが、最初から実業家を目指していたわけではないようだ。

とにかく、エピソードには、事欠かない。

現在の一橋大学を受験するが、英語で失敗してしまう。猛勉強の末、翌年、現在の筑波大学の、“英文科”へ進学し、しかも卒業後には高校の“英語教師”になっている。

英語で失敗した彼の負けず嫌いを象徴しているエピソードだ。

その後、現在の東京大学に転学、学費を稼ぐために家庭教師をした家が政治家で、その斡旋で、当時の農商務省の官僚となる。

課長心得という役職名が気に入らず、稟議書に書かれた心得の文字の上に、わざと認印を押して、「心得」が気に入らないということをアピールしたという。

結局、農商務省では出世できないと移った先が、鉄道院だった。

まざに、ここから鉄道との関わりが始まるわけで、鉄道との出会いは、偶然と言ってもいいくらいだ。まるで、何かに導かれているかのよう。

官僚の生活も飽きてしまった彼は、請われて、設立直後で資金集めに苦労していた小さな鉄道会社に就職する。

以降は、次々と企業買収を繰り返し、“強盗慶太”の異名を持ち、事業家として頭角を現すようになる。

本書は、タイトル通り、彼の生涯を詳細に追っている。

直接五島慶太は登場しないものの箱根山戦争や伊豆戦争などは、ドラマや映画のようだ。

映画…といえば、いまの東映は、東京映画配給、太泉映画、東横映画が合併して設立されたそうで、“東横映画”でわかるように、東急がその設立に大きく関わり、東映の経営危機が、五島慶太最大のピンチとなったという事実は、知らなかった。

ちなみに、東映のおなじみの社章(ロゴ)の三角形は、合併した、その3つの会社を表しているというのは、ちょっとしたとリビアだ。

三越買収を企みるも失敗、その後、白木屋買収(旧東急百貨店日本橋店)へつながっていく。

その白木屋買収では、もちろん、あの横井英樹が登場してくる。先日読んだ富士屋ホテルの話のときにも登場し興味深い。まさに黒幕…戦後の経済史を知るのが、なんだか楽しくなってきた。

話がそれた。

東映再建で右往左往しているときに検討されたのが、東急ターンパイク構想で、鉄道よりも低コストでできる高速道路を、渋谷から江ノ島まで作ろうとしたという。

しかし、第三京浜道路と競合するために道路計画は断念するが、代わりにできたのが田園都市線だった。そして、ターンパイク構想構想の一部が、箱根ターンパイクだった。

現存しているインフラの誕生の経緯を知ると楽しくなる。

そんな話を書いていると、本を一冊丸写ししてしまいかねないので、このへんにしておくが、最後に、へぇと思った話をひとつ。

五島慶太ではなく、ライバルの堤康次郎の話。

かつて堤康次郎は、品川駅前に野球場を作ろうとしたという。

野球場を作るためには、広大な土地が必要だ。そのため、周辺の宮家や旧華族の土地を次々と買収したものの、品川駅前にあった東久邇宮家の土地だけが京浜急行に渡ってしまい、球場構想は消えてしまうのだ。

結局、買収した北白川宮家の土地は、新高輪プリンスホテルへ、竹田宮家の土地は、高輪プリンスホテルへ、毛利家は品川プリンスホテルになった。

プリンスホテルが、品川駅前に集中しているのは、そういう理由があったからなのだ。

その、西武の堤康次郎とは、なにかにつけ対立していたが、五島慶太が活躍できたのは、彼の存在が大きい。

そして、もちろん、本人の努力や才能もあるが、明治、大正、昭和という激動の時代だったからこそ、ここまでのことができたという気もする。

本当におもしろい波瀾万丈の人生だった。

ドラマ化したらいいのに…と思ったが、東急グループは許さないだろうなぁ。

メルトダウン ドキュメント福島第一原発事故/大鹿 靖明

メルトダウン ドキュメント福島第一原発事故
大鹿 靖明

講談社

 

あの日以降、いったい何が起きていたのか?

福島第一原子力発電所事故によって、“日常”を一変させ、さまざまな問題をあぶり出すことになった。

この本は、2011年3月11日に地震発生し、その後、次々と原発が爆発し、当時の自分はもちろん日本、いや世界中が不安になっていたあのときから、現在にいたるまで、福島第一原子力発電所事故の経過をドキュメントで追っている。

事故はまだ収束していないのは周知の通りで、まさに現在進行形の話ということもあってか、350ページとボリュームがあったものの、会社と往復の電車の中で一気に読んでしまった。

原子力発電は、事故が起きるまで“意図的”に、大きな話題にならないようにしながら、関係者の意図する方向に結論を持っていくという手法が、当たり前のように取られていたということがよくわかった。

実際僕も結果的に“騙されていた”面があったことは否めない。

読んでいて、思ったのは、非常事態のときのリーダーはどんな資質を持った人であるべきか?ということだった。

少なくとも、この本を読んだ限りでは、今回の事故においては、誰もきちんとしたリーダーはいなかったということがわかった。

東京電力社長は…。

事故収束の見通しが立たず、最悪の場合首都圏にまで避難範囲を広げなければならない…と、大騒ぎになっていたとき、体調不良で表舞台から姿を消した社長が、病室でしていたことが、自身が購入した不動産の一括繰り上げ返済だったとか。

東電の潤沢な資産を賠償に当てよという枝野(当時官房長官)が…。

「まだまだ東電はミンクのコートを着ている。パンツ一丁にさせるべき」

というと、日本に商用原子力発電を導入するために設立された日本原子力発電(株)出身の与謝野(当時経済財政担当相)が、

「パンツ一丁になっても責任論は別」

と東電を擁護すれば、

「じゃあ、パンツも脱がすべき」

と枝野が怒り、割って入った自見(当時金融担当相)が

「パンツまで脱いじゃいけない」

という、たとえ話だとしても、論理的でない、なんとも次元が高いとは思えないパンツ論争(p.225)が交わされていたとか…。

あらゆる面で特別待遇されている電力会社は、簡単に巨額な資金を調達でき、独占企業なので競争がなく、当然ながら次第に緊張感を失っていく。

経団連会長も務めた平岩外四(東電社長・会長)が、蔵書3万冊の読書家で希代の教養人でいられたのは、それだけ時間的な余裕があったからであり、社業とは関係のない天下国家や地域の政治経済を語るのが好きなのは、こうした理由ではないか(p.204)という指摘は、このような状況になると、どうしたって、そう思えてきてしまう。

東京電力は、決して倒産することがないために、有利子負債はどんどんと膨らみ続け、化け物のような巨大な調達企業と化し(p.207)、そうした力を持っていたことで、経団連副会長のポストが指定席としてあてがわれ、経産省官僚の子息が東電に就職するような状況…

それが、決して健全ではないことは、誰が見ても明らかだ。

そして、この事故を経ても、経済産業省は、自分たちの都合のよいように誘導するために、個別技術に“強い関心”がある理系首相(当時)を嵌めたり、逆に、突如インサイダー疑惑によって対立する経産省官僚が更迭されたり…と、どんどん迷走していく。

しかも、現在進行形…。

読み終えてわかったのは、今回の事故は、さまざま問題をあぶり出しただけで、結局は何にも変わっていないということだった。

そして、メルトダウンしたのは、福島第一原子力発電所の原子炉だけでなく、東京電力幹部、政治家、官僚、専門家たちだったということだ。

…と思っていたら、本書の“あとがき”にもまったく同じようなことが書かれていた。きっと誰もが思うことなのかもしれない。

東京屋上散歩/鷹野 晃

東京屋上散歩
鷹野 晃

淡交社

屋上という場所は、身近でありながら、どこか特別な場所のように感じる。

同じ建物なのに、屋上だけは自然の雨風にさらされ、建物内部とはまったく異なる表情を見せる。

当然と言えば当然だけど、そのために、地上では想像の付かない光景が広がっていることが少なくない。

本書では、誰もが入れる屋上から、管理者に頼み込んで入った屋上まで、さまざまな屋上を紹介する写真集だ。

僕も屋上に上がると無意識のうちに写真を撮っていることがある。

本書に載っていなかったが、僕がもっとも印象的だった屋上は、いまはなき九段下ビルの屋上だった。朽ちた三輪車がなぜか心に残った。

デパートの屋上も、魅力的な場所だ。

本書で紹介されている、さまざまな屋上は、「こんなことになってるんだ!」という驚きもあり、見ているだけでも楽しい。

農園だったり…

古い昭和だったり…

隠れ家だったり…

ロマンチックなところだったり…

森だったり…

動物園だったり…

遊び場だったり…

屋上は、明らかに完全な人工的な場所のはずなのに、びっくりするほど、いろいろな風景を見せる。

そして、そんな場所に集う人たちもさまざまだ。

どこかの屋上に上がってみたくなった。

一般に公開しているものの、僕が知らなかった屋上がいくつも載っていた。

JAビル スカイガーデン、ケアコミュニティ原宿の丘、東品川海上公園、コマツ本社ビル(赤坂二丁目)、三井住友海上ビル(神田駿河台3丁目)などなど…。

いずれ行ってみたい。

戦争廃墟/石本 馨

戦争廃墟
石本 馨

ミリオン出版

よく利用させてもらっている北区立中央図書館は、自衛隊十条駐屯地の隣にあるが、かつて旧東京第一陸軍造兵廠だったところだ。

ここに煉瓦造りの大きな建物があって、以前から気になっていたものの、立ち入りはできず、不思議な雰囲気を醸し出していた。

まさに“戦争廃墟”という雰囲気だったが、いまではすっかり変わってしまった。

そんな、いまでも残っている戦争のために作られたさまざまな建築物を紹介している。

写真と取材時の著者の印象などは豊富に載っているものの、“資料”としては物足りなさを感じた。というのも、たくさんの廃墟が日本のどういったところに分布しているかを示す地図は載っていないし、廃墟となる前の姿などもわからない。あくまで、“廃墟”となった姿の写真集ということなのだろう。

でも、後半あたりから、当時人間機雷「伏龍」や水上特攻「震洋」などに関わった方々へのインタビューも掲載されていて、必ずしも写真集という枠に収まっているわけでもないようだ。

写真はとても興味深く、廃墟から何かを訴えかけられるような気がした。

それだけに、“戦争廃墟”という本なのだから、かつての軍事施設の紹介だけに徹しても良かったのではないかと思った。

特に、人間魚雷と言われた「回天」の訓練基地に配属された方へのインタビューで、どうしても気になったことがあった。

私は常々、回天は非人道的な兵器どころか人道的な兵器であると公言しています。
己の命を捨て、何千、何万の命を生かす、これぞまさしく人道ではないか。(p.130)

戦争で多くの仲間を失い、大変な苦労をされた方であることは、十分承知しているが、これは決して言ってはならないことだと思う。

もしこれがまかり通るならば、東京大空襲も、広島、長崎への原爆投下も、みんな正当化されてしまうではないか。

戦争に、人道も非人道もないのだから。

謎解きはディナーのあとで/東川 篤哉

謎解きはディナーのあとで
東川 篤哉

小学館

 

どうしてもすぐに読みたい本でない限りは、とりあえず図書館に予約をしておく。

人気の本であれば何ヶ月も待つのは当然だ。

ある日、突然、連絡が来たのは、思い出せないくらい…少なくとも半年以上前…に、予約していた本だった。

その間、テレビドラマ化されていしまい、本書に載っている話は、すでに、すべて知ってしまったという状態となってしまった。

世界的な企業グループの総帥の令嬢、宝生麗子が、なぜか東京都国立市で所轄の刑事をしている。その執事、影山が、なぜか妙に推理力に長けていて事件を次々に解いていく。

見ものは、名台詞?「お嬢様の目は節穴でございますか?」に代表される執事の毒舌や、宝生麗子の上司にあたる風祭警部とのやりとり。

宝生麗子を演じた北川景子、影山を演じた櫻井翔や風祭警部を演じた椎名桔平を、思い出しながら読んでしまったのは、先述のようにテレビドラマを見てしまっているからだけではなく、テレビドラマが、かなり原作に忠実だったというせいもある。

ちなみにテレビドラマ版では、麗子と影山が、犯人と直接対峙する場面があるが、原作ではそれが一切なかった。

独特のキャラクターや、これまでにない設定などはおもしろいが、ちょっと気になることが…

たとえば、ある話で、AC100V(コンセント)で動く時計が、謎解きの鍵になるのだけど、いまどき、停電した時間だけ遅れてしまう目覚まし時計を使っている人がどれだけいるだろうか?

…肝心な?推理小説の設定については、ところどころで無理があって気になってしまったが、そういうことも、あえて“ネタ”として認識して、あまり細かいことは考えないほうが楽しめる。

ちなみに、いまの図書館での順番待ちは、550人…。

ためらい/J・P・トゥーサン

ためらい
J・P・トゥーサン

集英社

 

図書館で返却されてきた本のコーナーに置かれていて、タイトルが気になって手に取った。

友人に会うため彼の住む海辺の村にやってきた主人公。

一緒に連れてきたのは、ベビーカーに乗せた彼の息子だ。

今朝、港で猫の死体を見た…という、なんとも不吉な場面から話は始まるが、この光景が、後々の場面まで引き継がれていく。

内容は、最初から最後まで、タイトル通りで、主人公は、とにかくためらっているというもの。

ただ友人に会いに来ただけなのに、ためらってしまい、どうしても会えないのだ。

登場するシーンは、主人公の気持ちが乗り移ったような、いつも、どんよりとした天気で、彼を見守る僕の方まで、鬱々としてくるが、それは、描写が繊細、緻密だからで、情景が目に浮かんでくる。

もはや犯罪だろう?とツッコミを入れたくなるような“異常行動”までしてしまうのは、それほどまで、ためらっていることの証左だろうが、主人公が目にするものすべてが、彼を追い詰めていく。

ひとつの段落に改行がまったくないという、ちょっと不思議な構成で、あまり読みやすくないし、内容が内容だけに、スッキリとしないが、ふだんは、こういった内容の本を読まないだけに、新鮮だった。

ニセ科学を10倍楽しむ本/山本 弘

ニセ科学を10倍楽しむ本
山本 弘

楽工社

 

あきらかに科学的に証明されていないことでも、まことしやかに信じられている“ニセ科学”。

こういう状況に警鐘を鳴らす人もいるが、まだまだ騙されている人は多いだろう。

  • 水は字が読める?
  • ゲームをやりすぎると「ゲーム脳」になる?
  • 有害食品、買ってはいけない?
  • 血液型で性格が分かる?
  • 動物や雲が地震を予知する?
  • 2012年、地球は滅亡する?
  • アポロは月に行っていない?

本書では、これらのほかにも収まりきれないニセ科学の数々を紹介。(もちろん、ここで挙げたのは、全部ウソだ)

僕にとっては、どれもニセ科学だと思えるものばかりだけど、これらを事実と信じ切っている人も少なくない。

個人が、それを他人に強要したり迷惑を掛けるようなことになってはいけないが、どう信じても構わないと思う。

これって、まさに宗教と同じなわけで、いくら「ニセ科学はおかしい!」と叫んだところで、一定の人たちは、“ニセ科学教”に入信してしまうのだ。

なかには、いわゆる“洗脳”状態の人もいるから、そういう人を救えるのが、この本かもしれない。

本書の最後に、「ニセ科学にひっかからないための10箇条」というのが載っていたが…

  • 話の出どころを確認する
  • 誰が言っているのかを調べる
  • キーワードに注目する
  • 反論に目を通す
  • 数字に注目する
  • 理屈で考える
  • 実験をやってみる
  • 自分の目を疑う
  • 願望と事実を区別する
  • 正しい科学知識を身につける

その通りではあるのだけど、ちょっと多すぎるような気がした。
ここで挙げられたことができないから、正しい判断ができず、結果的にひっかかるわけで、もうちょっと数を絞るか、具体的な例を挙げてもらうとよかったと思う。