[社会の窓]夢中になるということ

やたらとスマホをじっと見つめる人たちが多く見かける日は、ポケモンGOのイベントが開催されているときだ。

こうした光景を意識するのは、僕も参加しているからなのだが、正直、それほどのめり込んでいるつもりも、強い思い入もない。

まぁ可能な範囲で…といったレベルなのだけど、ここに集っている人たちの表情は真剣そのものだ。

僕の遊び半分とはわけが違う(いや、遊びなのだけど)。

日常を忘れ、こうして夢中になれることがあるというのは、とても羨ましい。

僕は、ポケモンGOに限らず、読書をしていようと、電車に乗っていようと、どんなことをしていても、月曜からの仕事のことなどが、ずっと頭の片隅に留まっている。

だから、何をするにしても、夢中にブレーキが掛かっているような感覚になるのだ。

どんなものでもいい。

なにか夢中になれるものがあると、人生はもっと楽しくなるはずだ。

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