5745 「この歳になって…」ではなく「いくつになっても…」

この歳になって、注意されるというのは、正直、ちょっとつらい。

言われていることが、至極もっともなことだと、余計に。

頭ではわかってるのだけど、どこか言い訳を探そうとしたり、正当化しようとしてしまう。

指摘を受け入れることができないのだ。

心のどこかに「このやり方で、これまで生きてきた」という自負があるのかもしれない。

でも、それが決して正しいという保証はどこにもないし、むしろ、それが誤っていたということが明らかになったのかもしれないのだ。

それに、そうした自負に自信を持てるか?というと、そんなことはないのだ。

むしろ、薄々苦手なことだったということも、正直わかっていた。耳が痛かった。

だから、指摘を受け入れて、それを改めない限り、これからの成長もないというのもわかっていたのだ。

ふと、先日、電車の中で見かけた、個別指導塾の広告を思い出した。

「苦手はぜんぶのびしろ」

たしかにそういう見方だってできる。

苦手をどう受け止めるか…

「この歳になって」…と思うのではなく、「いくつになっても、成長はできる」…と信じよう。

5745 「この歳になって…」ではなく「いくつになっても…」” への2件のコメント

  1. ロンさん
    指摘される事もさることながら、人に指摘することによって
    自身の存在意義を見出す?ようにはならないように
    今、ガンバってます(汗

  2. ≫ ぶり さん
    そうですね。逆もまたありますね。“評論家”になるケースもありますよね。
    こちらのほうは、きっと無意識で、自分がそういうことをしてると気づき
    にくいでしょうから、より厄介な気がします。
    実際に、そんな感じの人の心当たりはありますねぇ〜詳細は言えませんが(笑)
    自分も気をつけようと、あらためて思いました。

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