5411 痛ましい虐待の事件を聞くたび…

また虐待による痛ましい死亡事件が起きてしまった。

この手の事件は、定期的に起きている気がする。一向に減る気配が見られない。

無理やり書かせたであろう反省文や、死に至るまでの経過や詳細を聞けば聞くと、胸が締め付けられるほど、つらい気持ちになってくる。

自分が与えようしている苦痛を、もし自分にやられたら?とか、自分自身に置き換えて考えたら…と思いそうなものだが、そういう発想は皆無だ。

だから、こうした犯罪を犯した人たちにとっては、たとえ彼らが反省を口にしたとしても、実際には、まったく心に響くこともないだろう。

実際に虐待によって死に至らしめてしまったという時点で、まったくの別人種なのだ。

仮に、自分がやった虐待を、自分自身がされたとしても、なぜ自分がこういう目に遭わなければならないのかとなってしまうのがオチだ。

彼らには因果応報という考えはないし、逆恨みするのが関の山だろう。

人間を含め動物の多様性は、決していい方向ばかりに現れるわけではなく、どうしても一定の割合で、サイコパス(精神病質)な人たちが出現してしまう。

こうした事件を聞くたび、そもそも防ぐというのは不可能で、起きてしまうことを前提に備えなければならない…と思う。

それはまるで、天災に対する備えのように。

だから、いかに早く虐待を発見して子供たちを保護するか?という点に全力を尽くす必要があるのだと思う。

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