5378 ”メンバー”に続く違和感

最初は、”メンバー”という言葉だけがやけに気になったが、その後は、それ以外で、いろいろと気になり始めた。

TOKIO、4人の記者会見を見た。

残るメンバーのつらさが伝わってくると同時に、なぜ彼らが矢面に立たなければならないのだろう?という気がしてならなかった。

たしかに、”連帯責任”が問われるか?ということについては、行き過ぎという感覚はある。

しかし、会見で誰かが、近いことを言っていたが、5人のうちのメンバー1人が欠けるという事態は、グループとしてのパフォーマンスを発揮できなくなるという点で、致命的に近いダメージを受けてしまう。

このことを考えたら、何らかの予防策を取れなかったかという点は悔やまれる。

ただ、ざっと会見を見て思ったのは、そもそもこの会見はどういう目的だったのかということだ。

芸能人たちは、おそらく?ひとりひとりが個人事業主であって、一般企業や公務員のような雇用形態とは異なるだろうから、同列には言えないだろうけど、もし管理責任が問われるとしたら、同じメンバーではなく、所属事務所と考えるのが自然だろう。

リーダーもいるが、あくまで”取りまとめる”という役割であって、中間管理職的な責任までは負っていないはずだ。

そう考えると、所属事務所の代表者がまったく出てこないという異常さは、誰もが感じるはずなのに、マスコミが、それについてまったく触れないというのは、かなり異常と言える。

「まぁ、”あの”事務所だから…」

でも、どこか一般庶民の側でも、そんな妙な”理解”もあって、それほど大きな問題にならないのは、マスコミの伝え方が功を奏しているのだろうか?

いずれにせよ、さまざまな活動をしていただけに、影響範囲は広く、関係者は対応に迫られるが、ニュースのなかでちょっとびっくりしたのは、なんと、JR東海にまで聞いていたということだ。

影響はこんなところまで…(2014年6月)TOKIOの「Ambitious Japan!」が、東海道新幹線の車内で駅到着のメロディーとして使用されていることに触れ、JR東海は「変更の予定はない」と回答したという。

そりゃそうだろう。

たしかにこの問題は大きいけど、どうも問題の本質を置き去りにして、肝心のところは曖昧にしたり、よけいなところを取り上げたりして、結果的に無駄に大きくしてる感がある。

連休中ということもあってか、いろいろな意味で考えさせられてしまう。

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