[社会の窓]春の心はのどけからまし

東京都心の桜は週末にかけての風と雨で、かなり散ってしまったが、実家のある川越では、ちょうど満開を過ぎたあたり…といった感じの木が多かったように思う。

実家から少し行ったところにこんな光景に出会った。春の心はのどけからまし

以前から、こんなに桜の木なんてあったかなぁ…なんて思ったが、しばらく見ていないうちに成長したのだろう。

今日は、雨は降ってないものの、どんよりした天気で、桜の木と曇った空の境界線が、どこか曖昧な…そんな感じだった。

一番好きな季節から、一番苦手な季節に移りゆくとき、桜が満開を迎える。

ふと、古今和歌集の歌を思い出してしまう。

世の中にたえて桜のなかりせば
春の心はのどけからまし

(この世の中に、もし桜というものがなかったら、きっと春をのどかな気持ちで過ごせるだろうに)

自分の思いとはちょっと違うのだけど、桜が僕の気持ちをざわつかせているのはたしかだと思う。そういった点では、この歌を詠んだ在原業平と同じだ。

久しぶりに帰った実家の周辺を自転車で走った。

よく知ってる近所の家が更地になっていたり、遊びに行っていた家が雑草に覆われていたりするのを見て、ますます、僕の気持ちは落ち着かないものとなった。

この記事を書いてるときに、さきほどの歌の返歌を見つけた。そういえばあったなぁ…と。

散ればこそいとど桜はめでたけれ
憂き世になにか久しかるべき

(散るからこそ、いっそう桜は素晴らしいものだ。この世に永遠なものなどない)

すーっと僕の気持ちに入ってきた…そんな気がした。

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