地方にこもる若者たち/阿部真大

都市対地方、若者対老人…といった対立構造は、ある意味「ありがち」で、正直言って、とりたてて目新しさは感じられないが、本書では…

「つまらない地方」と「刺激的な大都市」という二項対立がかつての構図であったとすると、今は、その間に「ほどほどに楽しい地方都市」という選択肢が割って入った(p.33)

…という概念を持ち込み、若者の考察を進めていく

そして分析にあたっては…

  • 80年代 反発の時代 BOOWY
  • 90年代 努力の時代 B’z ~ 関係性の時代 Mr.Children
  • 地元の時代 KICK THE CAN CREW

…といった感じで、各時代を代表的なアーティストの歌詞になぞらえていく表現は、これまでにない切り口で、おもしろい。

たとえば、BOOWYの音楽に、社会への反発や女性からの承認によって退屈な世の中をやり過ごす(p.106)というメッセージが込められていたのに対し、B’zは「夢を叶えようとする」ことによって自分らしさを確立するための戦いに永遠に参戦し続けることで「成熟」を拒否するというスタンスをとった(p.112)といった具合だ。

BOOWY ~ 反発することによって作られる自分らしさ
→ B’z ~ 努力することによって作られる自分らしさ(p.118)

僕は、正直邦楽はわからないのだけど、歌詞の中からこうしたメッセージを読み解いていくところは、すごく興味深い。

ただ、どうしても気になる部分も…。

まず、本書のよりどころとしているのが、岡山県倉敷市のわずか50人弱に対して行われたアンケートのみ…という点で、信憑性に疑問符がつく。

地方の状況は決して同じではないはずだからだ。

また、アンケートの分析のなかで、突如、このようなコメントがあった。

彼らの地元を語る言葉のなかに、決定的に欠けているがあることに気づく。それは「商店街」という単語である。
(中略)
「地元について良いと思う点」という質問があるのだが、1980年代までの日本であったならば、そこには町の象徴のひとつである「商店街」が登場していたことであろう。(p.50)

果たしてそうだろうか? 否定するつもりはないが、非常に限られたアンケート結果だけで、このように言いきられてしまうと、以降の分析が恣意に満ちた内容に見えてしまう。

おもしろい切り口なだけに、詰めが甘いというか、ちょっともったいない気がした。

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