[社会の窓]街歩きで非日常の世界へ

人には、ときどき、日常では経験しないこと…つまり、非日常の経験が必要だ。

それは、おそらく、人が本能的に欲していることだと思う。

たとえば、温泉や旅行といった行為は、“いかにも”という感じのわかりやすい“非日常”体験だ。

でも、そんなに大袈裟でなくても、ちょっとした非日常を体験できる方法がある。

それは、“街歩き”だ。

初めて歩く街、初めて歩く道…考えてみたら、これだけでも、ふだんとは違う“非日常”だ。

ただ漫然と歩いているだけでは、日常の延長線にすぎないので、“非日常”を意識していることは大事だと思う。

そんなとき、「まさかこういうところで見掛けるとは思ってもみなかった!」…といった、思いがけない発見があると、より強く“非日常”さを実感させてくれる。

そう思ったのは、今日出掛けた南千住の円通寺で見掛けた、巨大な観音様だった。

そもそも、南千住にこれほどの観音様があるとは知らなかったし、まるでマンションのベランダのような手すりなど、青空に映える観音様に、すっかり釘付けになってしまった。

かつてこの付近に刑場があったということや、戊辰戦争で戦った際の弾痕の残る門、戦後もっとも注目を集めた誘拐殺人事件の舞台になったという歴史も加わって、時空を越えた非日常経験ができた気がしたのだ。

ちょっと大袈裟かも知れないけど。

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