[社会の窓]五島慶太は伊豆とともに生きている

ロープウェイで寝姿山に上り、遊歩道を歩いた最も先にあり、最も見晴らしのいい場所にあるのが、この石碑だ。

以前読んだ本で、どんな石碑かということは、昨日、実物を目の当たりにすると、かなりのインパクトがあった。

五島慶太は、東急グループの事実上の創業者で、元官僚という経歴を生かし、競合企業を次々と乗っ取り、強盗慶太とも呼ばれた。彼の晩年に命を懸けたプロジェクトが、伊豆に鉄道を敷設することだった。さまざまな困難を乗り越え1961年(昭和36年)12月10日伊豆急行が開通を迎えるも、一番列車を見ることなく1959年(昭和34年)8月14日に亡くなってしまう。

この石碑は、下田周辺の郡町村会によって建てられたそうだが、伊豆の人々にとって、鉄道の敷設は悲願であり、それを現実のものとした五島慶太に対する感謝の思いは、とても大きかったようだ。

石碑の文面にもよく表れている。

民間の一経営者が、これほどまでに感謝されているというのは、なかなかないのではない気がする。

いまでも、“カリスマ経営者”はいるが、こんな感謝のされ方をする経営者は、そういないだろうなぁ。

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