メルトダウン ドキュメント福島第一原発事故/大鹿 靖明

メルトダウン ドキュメント福島第一原発事故
大鹿 靖明

講談社

 

あの日以降、いったい何が起きていたのか?

福島第一原子力発電所事故によって、“日常”を一変させ、さまざまな問題をあぶり出すことになった。

この本は、2011年3月11日に地震発生し、その後、次々と原発が爆発し、当時の自分はもちろん日本、いや世界中が不安になっていたあのときから、現在にいたるまで、福島第一原子力発電所事故の経過をドキュメントで追っている。

事故はまだ収束していないのは周知の通りで、まさに現在進行形の話ということもあってか、350ページとボリュームがあったものの、会社と往復の電車の中で一気に読んでしまった。

原子力発電は、事故が起きるまで“意図的”に、大きな話題にならないようにしながら、関係者の意図する方向に結論を持っていくという手法が、当たり前のように取られていたということがよくわかった。

実際僕も結果的に“騙されていた”面があったことは否めない。

読んでいて、思ったのは、非常事態のときのリーダーはどんな資質を持った人であるべきか?ということだった。

少なくとも、この本を読んだ限りでは、今回の事故においては、誰もきちんとしたリーダーはいなかったということがわかった。

東京電力社長は…。

事故収束の見通しが立たず、最悪の場合首都圏にまで避難範囲を広げなければならない…と、大騒ぎになっていたとき、体調不良で表舞台から姿を消した社長が、病室でしていたことが、自身が購入した不動産の一括繰り上げ返済だったとか。

東電の潤沢な資産を賠償に当てよという枝野(当時官房長官)が…。

「まだまだ東電はミンクのコートを着ている。パンツ一丁にさせるべき」

というと、日本に商用原子力発電を導入するために設立された日本原子力発電(株)出身の与謝野(当時経済財政担当相)が、

「パンツ一丁になっても責任論は別」

と東電を擁護すれば、

「じゃあ、パンツも脱がすべき」

と枝野が怒り、割って入った自見(当時金融担当相)が

「パンツまで脱いじゃいけない」

という、たとえ話だとしても、論理的でない、なんとも次元が高いとは思えないパンツ論争(p.225)が交わされていたとか…。

あらゆる面で特別待遇されている電力会社は、簡単に巨額な資金を調達でき、独占企業なので競争がなく、当然ながら次第に緊張感を失っていく。

経団連会長も務めた平岩外四(東電社長・会長)が、蔵書3万冊の読書家で希代の教養人でいられたのは、それだけ時間的な余裕があったからであり、社業とは関係のない天下国家や地域の政治経済を語るのが好きなのは、こうした理由ではないか(p.204)という指摘は、このような状況になると、どうしたって、そう思えてきてしまう。

東京電力は、決して倒産することがないために、有利子負債はどんどんと膨らみ続け、化け物のような巨大な調達企業と化し(p.207)、そうした力を持っていたことで、経団連副会長のポストが指定席としてあてがわれ、経産省官僚の子息が東電に就職するような状況…

それが、決して健全ではないことは、誰が見ても明らかだ。

そして、この事故を経ても、経済産業省は、自分たちの都合のよいように誘導するために、個別技術に“強い関心”がある理系首相(当時)を嵌めたり、逆に、突如インサイダー疑惑によって対立する経産省官僚が更迭されたり…と、どんどん迷走していく。

しかも、現在進行形…。

読み終えてわかったのは、今回の事故は、さまざま問題をあぶり出しただけで、結局は何にも変わっていないということだった。

そして、メルトダウンしたのは、福島第一原子力発電所の原子炉だけでなく、東京電力幹部、政治家、官僚、専門家たちだったということだ。

…と思っていたら、本書の“あとがき”にもまったく同じようなことが書かれていた。きっと誰もが思うことなのかもしれない。

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