4095 拳銃発砲で犯人を死亡させた警官に無罪判決

今朝、こんなニュースを見たが、これだけではよくわからなかった。

「裁判、めちゃくちゃ」=死亡男性の母、遺影持ち法廷に-奈良警官発砲 「この裁判はめちゃくちゃだ。こっちの言い分を全く聞いていない。腹が立って、悔しくてしょうがない」。警察官の発砲で死亡した高壮日さん=当時(28)=の母金順得さん(74)は奈良市内で記者会見し、無罪判決への怒りと不満をぶちまけた。 この日も法廷には息子の遺影を持参。主文言い渡しの瞬間は表情がこわばり、隣席の親族に内容を確認。疲れた表情で、ほとんどうつむいたまま裁判長の判決理由の朗読を聞いていた。 金さんは「もし警官の家族が乗っていても撃つのか」と拳銃使用に疑問を投げ掛け、控訴審に思いを及ばせ「これからです。絶対勝ちます」と遺影に誓っていた。(2012/02/28-19:11)

~管理者ろんより~ 本当は新聞のリンクを貼っておくだけにしたかったのですが、Web魚拓が取れず、いつリンク先が削除されかわからないので、そのまま引用させてもらいました

2003年9月。車上荒らしで指名手配中の犯人の乗った車を警官が発見し追跡。逃走車は、追い込んだパトカーに何度も車をぶつけたり、一般車両にも接触したりしたそうだ。

逃走車のガラスには遮光フィルムが貼られ、内部の様子が分からない中で、警官は拳銃を発砲。犯人の一人が死亡するという事件だった。

この発砲の是非が問われた裁判の判決を受けて、死亡した犯人の母親のコメントがこれだった。

常識的に考えて、この判決は妥当だと思うが、息子を失った母親にしてみたら、理不尽なのだろう。

それにしても…と思う。

「もし警官の家族が乗っていても撃つのか」と問いかける前に、車上荒らしで指名手配された自分の息子のことをどう考えるのか?と聞いてみたい。

ましてや制止を振り切り、車を体当たりさせて逃走しようとする行為を、警官が見逃すという選択肢は、どう考えてもおかしい。

さらに警官だって、今回のような問題が起きることを想定し、拳銃の発砲をできるだけ控えたいと考えているはずで、何も好きこのんで拳銃を使いたいとは思わないはず。

警官のどこに落ち度があるのだろうか?

合理性や理屈だけで話が通じないことは、日常生活でも、ときどきあるが、ここまでまったく理解できない訴えというのも珍しい気がした。

たい焼き

別に“季節もの”というわけではない気はしますが、こう寒い日が続くと、無性に食べたくなるのが、たい焼き。

2010年11月20日16時15分

先日、ガラス越しに焼いてるところを見ていたのですが、そもそも、どうして形を鯛にしたんだろう?と、調べてみると、これがまた奥深い…。

手軽にWikipediaによれば…

今川焼きを元に種々の動物などを模した形に焼いた菓子が生まれ、その中で縁起が良く庶民がなかなか食べられない鯛の形をしたものが特に優勢になって生き残り、以後、長く愛されるようになったものと思われている。

…ということのようだが、諸説入り乱れているらしいです。

写真は、そんなちょうど焼いているたい焼きを、ガラス越しに撮ったため、ちょっと荒い画像になってしまいました…。

科学的とはどういう意味か/森博嗣

科学的とはどういう意味か (幻冬舎新書)
森博嗣

幻冬舎

思い起こせば、高校時代は「理系」クラスだったが、大学受験は文系学部ばかりだった。

いわゆる「文転」であった。

理由は理系の勉強についていけなかったということが大きい。

そういった経緯もあって、理系の分野には少し抵抗があるものの、理系的な考え方や合理性には嫌いじゃない。

本書では、科学というものが、異常なまでに敬遠されている現状を憂いた著者が、科学から目を背けることは自分自身にとって不利益なことであり、そういう人が多いと、社会全体にとっても危険だと指摘する。

「感想ばかりが溢れている」と著者が指摘するテレビの報道は、僕も、東日本大震災関連のニュースを見ていてそう感じた。

具体的な数字では判断の基準を持てない 多くの人は、そこにある対象を見て、「どう感じればいいのか」、「どう考えれば良いのか」、「どう対処すれば良いのか」ということを、“考えたくない”のだ。考えるのが面倒なのだと指摘していたが、ほんとにそうだと思う。

テレビは専門家にさえ、感想を求める。感想を聞いたところで、何の意味も持たないのに。専門家の価値は、専門的な見地からデータを示し、それの評価と解説をすることにあるわけで、その人がどう思おうと、事態は何にも変わらないはずだからだ。

印象的だったのは、いま科学離れを深刻に考えているのは、科学が好きな人たちであり、彼らが「科学の楽しさを知ってもらいたい」という言葉に「楽しさ」を押しつけているように感じるというというところ。

言われてみれば、そういう気もする。

最初から毛嫌いするのではなく、科学に対して、ほんの少し関心を持って、ほんの少し勉強をすれば、自分の身を守ることにつながる…という合理性は十分に納得ができる。

でも、「科学の楽しさを知ってもらいたい」という気持ちも大事にしたいなという気もした。

科学に対して聞く耳を持たない人には、こういう思いって通じないのかな?

4094 “ ・ ”

地下鉄の車内でフジテレビ系で放送されているテレビドラマ「ストロベリーナイト」の広告を見掛けた。

以前のスペシャル版も、今回の連続ドラマ版も見ているので、関心を持って広告を眺めていた。

で、ふと気になることを見つけた。

それは、広告の一番下、出演者名が並んでいるところ。

武田鉄矢の前に、なにやら ・ が付いている。

これはいったい何だろう?

さらによく見てみると、ほかにも、・ が付いている俳優がいた。

・津川雅彦・渡辺いっけい・武田鉄矢

特別出演とか友情出演と書かれていれば、見る側もわかるが、・だけでは意味がわからない。

あらためて全員を見てみる。

竹内結子 西島秀俊 小出恵介 宇梶剛士 丸山隆平 手塚理美 大和田獏・津川雅彦・渡辺いっけい 遠藤憲一 高嶋政宏 生瀬勝久・武田鉄矢

・ が付いている俳優だけの共通項・・・。

ドラマの中では、もちろん重要ではあるが、この3人だけ特別扱いすべきような役柄ではない。

で、たどり着いた仮説が、大物俳優?としての印だ。

映画やドラマのエンドロールで、大物俳優だと、ほかの俳優とは別に、一人だけで名前が出たり、一番最後に登場したりすることがある・・・あれだ。

とすると、申し訳ない気もするが、渡辺いっけいは、”大物俳優”というのとは、ちょっと違う気がする。

さらに考えてみると、・は、箇条書きの見出しではなく、区切りの目印という風に考えればいいのではないか?という仮説を考えた。

つまり、津川雅彦は大物なので、前後に・をつけて区切った。 武田鉄矢は一番後ろだから前にしか・がない。

渡辺いっけいは、特に関係ない・・・と考えると合点がいく

こんなくだらないことを考えていたせいで、あの事件は起きてしまった。

4093 ホールディングスを作った

…という見出しだけを見ると、「?」と思われるだろうが、なんてことはない、このサイトではおなじみ?の、模型鉄道に関連する話だ。

サイトリニューアルで、一時的にリンクを外していた「鯉降渓谷鉄道」のサイトを、こちらもリニューアルして再開(別サイトに遷移します)することにした。

このとき、何を思ったか、“持株会社制”にしてみようと思い立ったのだ。

とは言っても、持株会社風のサイトを作るだけのことで、中身も、雰囲気だけで済ますつもりだった。

あくまで、しゃれのつもりで、手間を掛けずに作り始めたのに、いちいち、変なところ(自分にとっては気になること)が、ありすぎて、やたらと時間が掛かってしまった。

しかも中途半端なところまでしかできなかった。

まずは持株会社の名称から決めなきゃいけないし、サイトの雰囲気も、いかにも先進的な親会社風な感じを表現しなければならない。

名前は、鯉降渓谷鉄道の略称である“けいてつ”から取り、あとはおなじみの持株会社を示す名前と結びつければよい。

ということで、名称は「けいてつホールディングス」

で、僕なりに作ったサイトのが、こちら(別サイトに遷移します)。

間違いなく、突っ込みどころ満載だが、あくまで、ただの“お遊び”だということで、ご容赦いただきたい。

4092 傘を忘れた

朝から、傘を忘れた。

電車から降りてすぐに気がついて、駅員に申し出た。駅員に、

「たったいま出発ばかりの電車に傘を忘れた」

と伝えると、

「どちら方面の電車でしたか?」

と聞いてきたので、

「日吉”方面”です」

と言った。

都営地下鉄三田線は、都心方向の行き先には、日吉駅、白金高輪駅の2カ所ある。

今日は、いつもだったら意識する電車の行き先を、チェックしていなかった。

駅員は、時刻表と照らし合わせて、日吉行きの電車と判断したようだった。

すると、駅員は、

「この時間だったら、車内の捜索ができないので、こちらの落とし物の窓口に聞いてください」

とパンフレットを渡された。さらに、

「この電車は、東急線に乗り入れていて、こちらからは連絡ができないので、場合によっては東急に聞いてもらえますか?」

と言う。

パンフレットには、都営線の連絡先と、東急も含む乗り入れ先各社の連絡先も載っていた。

日吉は東急目黒線なので、まぁ、確かに、それはわかるのだけど・・・。

いずれにしても、この場では、傘を取り戻すことはできなさそうなので、あきらめようと思ったが・・・

ふと気がついた。

朝の時間帯は、電車は数分程度は、ずれるから、時刻表だけでは行き先は判断できないはずだった。

であれば、いま乗ってきた電車は、東急線に乗り入れる前の、白金高輪止まりということもあり得る。

ふたたび、駅員のところに行って尋ねた。

「もしかすると、白金高輪駅行きだったかもしれないので、調べてもらえませんか?」

すると、

「白金高輪は、東京メトロの駅なので捜索はできないんですよ」

これまで何度も忘れ物をしてきた(!)ものの、必ず取り戻すことに成功している。

これは、一つの路線で完結していたからこそ、駅に依頼すれば、依頼した先でも確認してくれたわけで、今回のように、複数の鉄道にまたがっていてしまうと、解決は簡単ではないのだ。

あぁ・・・相互乗り入れの弊害。

電車から降りてすぐに気づいて、すぐに取り戻したかったら、駅員に言うのではなく、後から来た電車に乗って追いかけていくべきだったのだ。

今のところ、かさは見つかっていない・・・。

箱根富士屋ホテル物語/山口 由美

箱根富士屋ホテル物語
山口 由美

千早書房

話は、創業者の山口仙之助が、岩倉使節団とともに渡米したらしい…というところから始まる。

著者は富士屋ホテル三代目山口堅吉の孫ということもあって、興味深いエピソードが、数多く掲載されている。

書いていることが「実家」のことだから、書きにくいこともあったかもしれない。

実際に、それがよく分かるのが、本書が『「嵐」の舞台裏』という章が“増補版”として出版されたところによくあらわれている。

あの横井英樹によって、富士屋ホテルが乗っ取られようとした事件について、詳細が書かれている。最終的には、小佐野賢治率いる国際興業グループに入ることになるのだが、創業家やそれを取り巻く人たちは、まるで「華麗なる一族」のようなドラマを見ている感じ。

さて、本編は、富士屋ホテルが、そういった経緯で誕生し成長していったかを、丁寧にたどっていく。

ところどころで、富士屋ホテルで育った著者ならではの思いが表れている。先述のように、すでにホテル自体は、創業家の手を離れているから、複雑な気持ちもあるのかもしれない。

富士屋ホテルの建物や装飾は、単に“クラシックホテル”というカテゴリに収まらない独特のものだ。こうしていまも異彩を放っているのは、創業者の山口仙之助、2代目正造、3代目堅吉の個性そのものであり、それぞれの役割をしっかり果たしてきたからこそだということが、この本を読んで分かった。

この箱根、宮ノ下にホテルを作ろうとした初代仙之助の苦労もさることながら、2代目正造の多才ぶりは興味深い。

彼は、日光の金谷ホテルから、のちに婿として富士屋ホテルにやってくるのだが、17歳のころ、病気のために1年留年することになった正造は、負けず嫌いの性格から、下級生と机を並べるくらいだったら、留学した方がいいと、アメリカに渡ってしまう。

その後、放浪の結果、ロンドンにたどり着き、ひょんなことから、ある柔道家との出会い、どういうわけか、柔道の興行を始める。

当時珍しかった柔道。自らも実演し、世間に認知されるようになる。各地の警察で柔道を教えるようになったばかりでなく、ロンドン市内に柔道学校まで開校してしまう。

あれよあれよという間に、無一文から大きな屋敷に住み、使用人を何人も雇うような大金持ちになってしまう。この間、わずか8年。

この間に、アメリカ、イギリス、そしてさまざまな階級の英語を身につけ、のちにホテルで生かされることになるし、興業を通じて、人(特に外国人)を楽しませるスキルも身につけたのだろう。

月並みな表現だけど、人生何が起こるか分からない。

さまざまなエピソードがあって、紹介したいこともたくさんあったのだけど、このへんにしておく。

今回、実際に宿泊しながらこの本を読ませてもらったので、文字通り、リアリティがあって、より楽しめた。

4091 富士屋ホテルまでの沿道にて

箱根登山鉄道宮ノ下駅から富士屋ホテルまでの間は、徒歩数分くらい。 今回は、駅とホテルの往復の他に、箱根登山鉄道を見に出掛けるために往復した。 箱根とは関係ないが、すぐ駅前の壁に貼られていたポスターが気になった。 先日も書いたが、この手の記述には、どうしても違和感を覚える。 こうした文字を書くことが、このポスターを貼る免罪符のように使われているような気がするのだ。

富士屋ホテルのすぐ近くに嶋写真館があるが、ここは、同ホテルの写真部として創業した歴史ある写真館だそうだ。 展示されていた写真。 この組み合わせは・・・あの番組の企画なのだろう・・・と思って調べてみたら、やっぱり

4090 富士屋ホテル 花御殿、食堂棟

花御殿は、1936年(昭和11年)に建てられた。

花御殿のロビーは本館のロビーと違い、和というより、洋の雰囲気がする。外観は独特な寺社建築を思わせるのに。

ロビーに隣接して、チャペルがあったり、内部の白い壁のせいかもしれない。、

昨日泳いだ温水プールは、このロビーの先にある。

花御殿の特徴は、その名の通り、花がモチーフになっているところ。

各部屋は、番号ではなく、花の名前が用いられ、キーホルダー…といっても、かなり巨大だけど…には、その花があしらわれている。

現在は、番号も併用されているようだが、すごくしゃれている。

部屋に向かう階段は、箱根名産の寄木を思わせるようなデザイン。

各客室の扉には、その部屋の名前の花が描かれている。

どうせ泊まるのだったら、花御殿に泊まりたいもの。残念ながら、部屋の内部はわからないので…。

廊下から外を見たら、メンテナンス用のはしごが屋根に向かって伸びていた。

この形から察するに、上にあがるには、空中の斜め前方向に上がらなければならず、かなり怖そう。

屋根だけを見ると、お寺の建物に見える。

4089 富士屋ホテル 本館

富士屋ホテルのまずは本館を紹介。

本館は明治24年に建築された富士屋ホテルでは最も古い建物だ。

まず入って目立つのが、この階段。

なんてことないような感じだが、手すりの色合いや、踊り場の緩やかなカーブは重厚感が感じられる。

フロントは、ホテルの規模からいって、かなりこぢんまりとしていて、チェックインや、チェックアウトが集中する時間帯は、かなり混雑してしまう。

背後に、花御殿で使われる、巨大なキーホルダーが見えた。

いつまでも減っていなかったから、これはオブジェなのかな?

まるでドラマや映画に出てくるような独特な雰囲気。

かと思えば、フロントのすぐ脇にある、柱にはいろいろな“遊び心”があって楽しい。

尾長鶏の彫刻がユニーク。

この尾長鶏は、ちょっとし有名なニワトリで、日本を訪れたヘレンケラーも関心を持っていたようで、写真も残っている。

ほかにも、ひょうたんや、中には、ゴルフクラブなどもある。

いまはロビーとして使われているマジックルームは、かつてその名の通り、マジックを披露していたらしい。

その奥には、オーキッドラウンジがある。昨日の午後、あんなに混雑していたラウンジは、夜、訪れてみると、お客さんは誰もいなかった。

長細く続くラウンジは、まるで鉄道の食堂車のような雰囲気だった。

なお、この本館は、国登録夕家文化財と近代化遺産に指定されている。