3362 飛鳥山リトルディズニーランド

飛鳥山公園は、江戸時代から桜で有名。王子駅から近く交通の便も良いので、いつも賑わっている。

ちょっと前に、王子駅の出口から飛鳥山山頂までの間に、モノレールができた。一度乗ってみたいと思っていたが、これまでなかなか機会がなかったが、今日、ちょっと行ってみることにした。まず北区飛鳥山博物館を見学。そのあと、モノレールに乗りにいく。

ちなみにモノレールは、“アスカルゴ”という名前が付けられたそうで、まぁエスカルゴをもじったネーミングであることは、容易に想像できる。

公園の脇には、D51型蒸気機関車と都電6000形電車が置かれている。

先日、テレビ東京系の情報番組「出没!アド街ック天国」で、飛鳥山が紹介されたなかで、この公園は、かつて「リトルディズニーランド」と呼ばれていたことがあるらしい。

置かれている遊具に、そんな片鱗が垣間見える。

リトルマーメード?風の、人魚が八重桜の前にたたずんでいる。

都電を前にして、なにやら物憂げな表情だ。

このボロボロ具合が、哀愁を誘う。

手に持っているのは、手裏剣? いやヒトデか?

アスカルゴの乗り場がある、公園の端までやってきた。

イヤな予感。

本日の運行終了。16時までだったようだ。 …あれ、飛鳥山公園モノレールと書かれている。アスカルゴじゃなかったっけ?と思いながら、看板を見てみると…

あすかパークレール?

アスカルゴはどうなったの?

疑問に思いつつ、先ほど北区のサイトで調べてみたら、施設名「あすかパークレール」、車両名は「アスカルゴ」ということらしい。

「東京臨海新交通 ゆりかもめ」とか、「東京臨海高速鉄道 りんかい線」みたいなものか? うーん、「あすかパークレール」か「アスカルゴ」のどちらかでいいような気がするんだけど。2種類の名前を持たせる意味があるのかな?

王子の駅からここまで、標高差が18mあるそうで、見晴らしはいい。

もう、知っている人も少なくなったが、かつてこの場所には、展望レストランがあった。ただの展望レストランではない。レストラン自体が回転するのだ。僕が大学生の頃だから、十数年前のこと。

最近では、そうした回転展望レストランはすっかりなくなってしまって、都内で僕が知ってるのは、東京交通会館にあるレストラン「スカイラウンジ」だけだ。

展望レストラン跡は、中途半端な花壇になっていた。

3361 北区飛鳥山博物館(ぐるっとパス2010)

北区飛鳥山博物館公式サイト。実は、以前も行ったことがあって、行くつもりはなかったのだけれど、近くまで来たので、入館してみることになった。

王子駅からすぐのところにあるが、飛鳥山(実際は山じゃないけど)にあるので、距離よりも時間が掛かる感覚があるかもしれない。

東京都北区付近の歴史についての展示で、ちょうど先日見学した新宿歴史博物館の“北区版”といえる。

そういう点では、かなり似通った解説が多くなるのは必然で、新宿区が比較的、宿場町から商業中心に発展したのに対し、北区は農業を中心に発展したために、展示もそれに沿った内容になっている。

ただ、決定的に違うと感じられたのは、北区には地域柄、大きな貝塚が多く出土していることから、その解説にも力が入っている。貝塚の“地層”は、かなりインパクトがある。

手前に置いたダミー(身長約15cm)と比べると、この厚みがよくわかる。どれだけ貝を食べてきたんだよと突っ込みたくなるが、解説によれば、貝塚からはきちんと埋葬された状態の人骨も発見されているそうで、使命を終えたもの偲び、感謝や再生を込めた“送りの場”と考えられているとのこと。

決して、無類の貝好きだったとか、ただのゴミ捨て場だった…というわけではなかったのだ。

今回は、時間がなかったので、あまりじっくりは見学できなかったが、身近に住んでいるからこそ知っておきたいことや、新たな発見がありそう…なんて思った。

飛鳥山博物館の両隣には、紙の博物館と渋沢史料館があるので、博物館の“はしご”ができる。でも、なぜか、渋沢史料館は、ぐるっとパス2010には、参加しておらず残念。

3360 松岡美術館(ぐるっとパス2010)

今日は、白金台にある松岡美術館公式サイトへ。

東京メトロ南北線、都営地下鉄三田線の白金台駅からは徒歩数分程度。

この美術館の収蔵品は、特定のジャンルというわけではないみたいで、1階には、古代オリエント文明の美術品から、現代彫刻、ガンダーラ・インド彫刻、陶磁器、日本画や、フランス絵画など、多岐にわたる。

以前からだったようだが、この美術館では、写真撮影が認められている。フラッシュを使ったり、音を出すような、他の観覧者に迷惑を掛けない限りという条件だが、とてもありがたい。


解説は、携帯電話のQRコードを使う。このQRコードはURLのリンクでインターネット経由で表示させるではなく、読み取ったQRコード自体に文章が埋め込まれている。

これは、パケット通信で利用者の費用負担をさせないようにする配慮のようだが、QRコードにたくさんの情報が詰め込まれた結果、コードが細かくなってしまい僕の携帯では、読み取れないケースが多々あったのは残念。

今日は常設展に加えて、「モネ・ルノワールと印象派・新印象派展」という企画展を見学。

いざ、写真を撮っていいとわかっても、ふだん美術館で写真を撮り慣れていないせいか、意外と思うように撮れない。

アルマン・ギヨマンという印象派の画家。今回の企画展に合わせた展示だが、解説で興味深い記述を見つけた。

1866年頃からパリ市道路課で夜勤をしながら、昼間に絵を描く生活を続けました。1891年巨額の宝くじに当選し、以降は画業に専念。

画家だって宝くじは買うだろうが、当選したという解説を見たのは初めてだ。ちなみに、写真左は当選前、写真右は当選後の作品。

今回はそれほどでもなかったが、写真を撮りながら、展示作品を自分なりに再構成してみるという楽しみ方もできそう。

3359 芦花公園-つつじヶ丘-仙川(ぐるっとパス)

ぐるっとパス2010 の対象施設めぐり。今日は「世田谷文学館」に向かう。京王線芦花公園駅で降りる。

初めて降りる駅だ。地上駅でホームも対向式なのにいったん地下に潜らないとホームに行けないという、なんとも“バリア”な駅だが、いまは改良工事中のようだ。

駅前もスーパーなどを除いて、あまり大きな店はなく、高い建物がないせいか空は広く感じる。多少マンションなどもあるが、道路よりもちょっと後ろに建っているせいか、圧迫感はない。歩いて10分ほどで、世田谷文学館に到着。詳細はこちら

ひととおり見学と、ランチのピラフを食べたあと、次の目的地、武者小路実篤記念館に向かって出発。

文学館の入り口で、なにやら音がする。

文学館の職員の人が、ひしゃくで音を立てているのだ。何をしてるのかと思ってみてみると、鯉を呼び寄せている。

呼び寄せた上で餌を与えようとしているようだ。

単純に餌をまくのではなく、呼び寄せるというには、何か理由があってこうしているのだろうが、ちょっと不思議な感じがした。

まるで、蝋とかプラスチックとか、もしくは落雁?のような花を見かける。天気はそれほど良くないが、今日は、ようやく上着が要らない暖かさだった。

京王線つつじヶ丘駅へ。ここも改良工事中だった。しばらく京王線の線路に沿って歩く。

すると、線路をくぐる道路が見えてきた。記念館とは逆の道路だが、気になったのは、制限高さ。

1.7m…というと、僕の背よりも低い。

このまま歩いていったら、天井にぶつかる??

と思って、入ってみたら、10cm以上は余裕があった。この差は念のため…ってことかな?

“閑静な…”という言葉がぴったりの住宅地を通る。途中の家では、ドコモダケが揺れていた。

つつじヶ丘駅から10分ほどで、武者小路実篤記念館に到着(詳細はこちら)。記念館は、入館料200円かかるが、公園は無料だ。

今回はつつじヶ丘駅から歩いてきたが、武者小路実篤自身は彼の家のことを「仙川の家」と呼んでいたらしく、仙川の駅からも近い。

今回訪れた、文学館・記念館ともに、残念ながら多少不満の残る結果に終わったが、いずれも初めてのところだし、いろいろと学んだこともあって、それなりに楽しめたと思う。

3558 武者小路実篤記念館

武者小路実篤記念館公式サイトへ。京王線つつじヶ丘駅から10分ほど。

記念館に入ろうとしたとき、旧実篤邸が15時で閉館してしまうという話を聞いた。では、記念館を見学する前に、旧実篤邸を見に行くべきか?ということになったが、実篤公園にあるという旧実篤邸と記念館の位置関係がわからず、軽く迷ってしまった。

記念館とは、地下道でつながっているということがわかり、実篤公園に向かう。

緑豊かで、静かな池のほとりを歩いていく。夏の暑い時期でもひんやりと涼しそうな感じ。しばらく歩くと小高い山の上に、旧実篤邸があった。そして、ふたたび地下道が…

デジャブかと思った。いずれも、道路が通っているために、このような作りになっているらしい。

旧実篤邸の中を見学。中を見学といっても、あちこち観ることができるわけではなく、廊下と一部の部屋のみだった。

ふたたび記念館に戻る。

現在の展示は、「白樺派と漱石」というもので、夏目漱石との関わりについてのであった。このあたりも、あまりよくわからない話なので、ちょっとわかりにくかった。

今回の企画のせいだろうが、武者小路実篤よりも夏目漱石の話が多かったため、武者小路実篤記念館で一番印象的だったのが、夏目漱石という不思議な結果になってしまった。

それにしても、星新一展でもそうだが、どうしても年表に頼る展示が多い気がする。大事なのはわかるが、もう少し、知らない人にもわかりやすくはできないだろうか? もちろん不勉強であることは認めるが、たくさんの資料や展示に圧倒され、見どころがわかりにくくなっている気がするのだ。

3557 世田谷文学館

世田谷文学館公式サイトは、京王線芦花公園駅から歩いて数分ほどのところにある。

ここ最近出掛けているのは、ぐるっとパス2010があるおかげだが、今回は「星新一展」という企画展をやっていたので、もしかすると、ぐるっとパスが無くても出掛けていたかもしれない。それほど、星新一は、僕にとって気になる作家だ。

企画展の前に、常設展を見学。常設展は「文学に描かれた世田谷 100年の物語」というもので、世田谷区に縁のある作家と世田谷区の登場する物語を紹介している。物語が書かれた当時の世相や作家ゆかりの品なども展示されていた。文学に疎い僕でも、知っている作家が数多く世田谷にいたということを初めて知る。

常設展に入るところで、電動からくり人形の展示があった。数十センチ程度の箱に収められた箱の正面には、ふたがしてあって、決められた時間になると、係の人がそのふたを開ける。すると、中の人形が音楽やナレーションとともに動き出し、なんとも言えない雰囲気が漂う。1話は、だいたい数分間程度。

作者はムットーニという人だそうで、本名は武藤政彦。最初、この名前を見たとき、ムッソリーニだと誤解してしまった。もちろん無関係。

いよいよ、企画展の星新一展を見学。ぐるっとパス2010には、この企画展は含まれていないために、追加で料金を支払う。

星新一のショートショートで、文庫で刊行された作品は、ほとんどすべて持ってたと言っていいくらい、よく読んでいたが、ここ最近は、すっかりご無沙汰だった。

それだけに、どんな展示か楽しみにしていたのだけれど、正直ちょっと期待はずれの感は否めなかった。

というのも、前半は、彼の父である星一(ほしはじめ)の話ばかりで、後半も星新一の生涯を年表形式で追っていくだけで、つっこみが甘いような気がしてならなかった。

もちろん、星新一は、彼の父に強く影響されたことは間違いないし、生涯を追うことも興味深いことではある。貴重な直筆の原稿(わずか2mm四方程度の文字でぎっしり書ている)など、初めて知ったことも多い。

でも、もっと知りたいことはいろいろあるのだ。もともと小説家になろうと思っていなかった彼が、どうして膨大なショートショートの数々をどうして量産できたのか? その時代背景は?…とか、有名な作品はどういうきっかけで思いついたのか?…とか。

彼の作品を知らない人にも、また僕のような忘れかけてる人にとっても、ショートショートの作品自体を紹介してもいいと思うのだけど。短いんだし。真鍋博や和田誠など、星新一作品に書かすことのできないイラストレーターの紹介はあったのに。

写真撮影してよいところは、ボッコちゃんコーナーだけ。ちなみに、ボッコちゃんはショートショートのひとつ。

入口では彼の作品や、ホシヅルという星新一が描いたツル?のオリジナルストラップが売られていた。ストラップはあまりつけないようにしてるので買わなかったけど、久しぶりに彼の作品をまた読みたくなった。

3556 2つのCAT

所用で出掛けた途中、中央区日本橋箱崎町にある東京シティエアターミナル(T-CAT)に寄ってみた。

その名の通り、街の中にある空港の玄関口に相当する施設だ。かつてT-CATは、成田空港に行かずとも搭乗手続きと出国審査を行うことができる特別な場所だった。しかし、アメリカの同時多発テロの影響からか、2002年で廃止されてしまった。警備上という話もあるが、利用者が激減したことによるコスト削減の一環だろう。

かつて搭乗手続きが行えたカウンターは、いまはKEYUCA(ケユカ)という家具やキッチン雑貨を売る店になってしまった。

2階も、T-CATの案内コーナーだった場所は、カウンターがそのまま残され、それを使って、ネイルアートのお店として流用されていたり、バス乗車券の発券カウンターだったところは、そのカウンターがそのまま喫茶店のカウンターとして流用されていたりと、過去を知る者にとっては、ちょっと寂しい感じがした。

3階に上がるエスカレータ付近は、かつての“本来の”シティエアターミナルとして機能していたころの雰囲気が良く残されていた。成田を出発する飛行機の情報が表示され、その横には改札があって、バスの乗車券を持った人でなければ入ることができなかった。

今日は、そのあと偶然にも、都内にある、もうひとつのCATを通った。MCAT(モノレール浜松町シティエアターミナル)だ。

ここは国内線専用ではあるが、搭乗手続きを行うことができる。自動チェックイン機に加えて、有人のカウンターが設けられていたが、3月31日で閉鎖されてしまった。

これも、やはり理由はコスト削減だろう。時代の流れには逆らえまい。

ちなみに、元々カウンターがあった場所は、モノレールのホームへのエレベータ用地として生まれ変わるらしい。やはり、これも時代の流れだ。

2つのCATは、これからどう変わっていくのだろうか? いや、それともこれが行き着いた姿なのだろうか?

3555 またまた電車や駅のアナウンスについて

もう「音の公害」という新しいカテゴリを作るしかない気がしてきた。

電車のうるさく不適切なアナウンスのことだ。これまでは、都営地下鉄の例だったが、JR東日本も負けていない。いや、むしろ勝っている部分もあるかもしれない。

当駅では終日禁煙となっております。皆様のご協力をお願いします。

これが数分毎に繰り返し流されている。しかも、なぜか上り線用と下り線用のそれぞれで流されているために、わずかな間隔か、場合によっては、1秒ほどずれて同時に流れてしまう。

当駅では当駅では終日禁煙と終日禁煙となっておりなっておりますます。皆様の皆様のご協力をご協力をお願いいたします。お願いします。

もう嫌がらせとしか思えない。あ、でも、誰に対する嫌がらせなんだろう?

そもそも首都圏で全面禁煙になってから、もう1年以上経つ。当駅“では”と限定するまでもなく、首都圏には喫煙できる駅は存在しないのに。

意味がない放送はいくらでもある。これは都営地下鉄や東京メトロで、ワンマン運転をしている路線で流れている。

この電車はワンマン運転をしております。発車サイン音が鳴り終わりますとドアーが閉まります。無理なご乗車はおやめください。

…って、発車ベルやメロディが鳴り終わればドアが閉まるという点で車掌がいても同じだろう?

これは東京メトロにて。統一されたアナウンスのようで、全ての路線で聞くことができる。聞きたくないけど。

お乗り換えのご案内です。山手線はお乗り換えです。

“お乗り換え”がかぶってる。

3554 ぐるっとパス2010で四ッ谷近辺を歩く

今日も、ぐるっとパス2010を使って、博物館美術館を巡る。

四ツ屋駅にやってきた。そこから、今日最初の目的地である、新宿歴史博物館は、歩いて十数分ほどの距離がある。今まで歩いたことのない道を選んで向かうため、裏道みたいな場所を歩く。

葉ボタンが、花を咲かしていた。アブラナ科であることが、よくわかるような花の付け方だ。

遠くに、防衛省の通信用鉄塔がはっきりと見えてくると、新宿歴史博物館は、もうすぐだ。

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今日2件目の美術館に向かうために、ふたたび四ッ谷駅に向かう。

至る所で猫がこちらを見ていた。

花屋の前に、「ご自由にお持ち下さい」という文字が…

何を持っていっていいのかと見てみたら、民芸品のようなお土産のようなものがいくつか…せっかくなので、1つもらって帰ることにした。

四ッ谷駅を過ぎて、上智大学の脇を通る。ちょっと凝った装飾を見つける。これは、上智大学の建物のようだが、ここに描かれている模様はなんだろう?

八重桜?がとても綺麗で、オープンカフェも繁盛していた。でも、今日は日陰だとちょっと寒そう。今日2件目の、ニューオータニ美術館は、あとちょっと。

詳しくはこちら

自宅に帰ってきてから、いただいたお土産を見てみる。三方五湖(みかたごこ)の文字を見つける。どうやら福井のお土産らしい。縁もゆかりもない場所ではあるが、こうして誰かのお土産を手にするってなんだか不思議。

3552 新宿歴史博物館(ぐるっとパス2010)

今日、ぐるっとパス2010で、訪れたのは、新宿歴史博物館公式サイト。四ッ谷駅から十数分ほどの歩いた住宅地の中にある。

これまでも、駅からハイキングで寄ったことはあったが、展示を見学することはなかったので、今日が初めての見学となった。

江戸時代、甲州街道の起点日本橋から次の宿場町のある高井戸まで17kmと距離がありすぎたことから、その途中にあった内藤家の敷地に新しい宿場を設けた。これを内藤新宿と呼び、いつの間にやら内藤が消えて、新宿となった。

当時の様子を120分の1の模型で再現した展示があった。目線を模型に近づけてみると、当時の賑わいがよくわかる。

たいていの博物館は、写真撮影不可というのがお約束だが、ここでは、展示の一部を“撮影スポット”として認めている。とてもありがたい。


川越の蔵造りを見てるようだ

ダミーがどこかにいる

江戸時代の店蔵や、戦前に走っていた都電(当時は市電)、文化住宅など、原寸大の模型など、見応えは十分。途中でボランティアの方から話を聞かせてもらう。

企画展は、佐伯祐三展を見学。

佐伯祐三は、大正から昭和初期にかけて活躍した洋画家で、画家生活の大部分はパリで過ごしたそうだが、日本では、下落合に居を構えて、その近辺の絵をたくさん描いている。

重々しくどんよりとした感じの風景が多い気がする。

彼の存在を知ったのは、2009年にポーラ美術館だった。当時見た絵をなぜか鮮明に覚えていて、今回、ポーラ美術館の提供で同じ絵が出品されていて、図らずもここで再会することになった。

もうすぐ、彼の住んだアトリエが記念館として、開館するらしいので、近いうちに行ってみたい。

展示室の入口に、意味深な?展示品が…

近づいて確認してみると、小田急ロマンスカー小田急3100形電車の運転席だった。

ご存じの方も多いと思うが、小田急ロマンスカーは、前方客室からの展望を良くするため、運転席が2階に設けられている。そのため、なかなか運転席を見る機会はない。

運転席には自由に入ることができる。

運転席は、ふつう入れる機会はないので貴重だ。

また3100形で使われていたシートも残されていて、座ることができるようになっている。

でも、なんでここ新宿歴史博物館にあるんだろう…?たしかに小田急と新宿は縁はあるけど、、もっと展示すべき場所があるような気がする…じゃあ具体的にどこか?と尋ねられても困る。