3466 食パンの6枚切りばかり売りきれる件

僕の朝食はトーストと決まっているため、食パンの調達は欠かせない。

今日も、食材の調達とともに、食パンを買おうとしたら…

「まただ…」


またまた8枚切りだけが売り切れ

6枚切りが売り切れ、8枚切りしか残っていないのだ。

これは、今回が初めてではない。どういうわけだか、こういったことはしょっちゅう起きるのだ。最初のうちは、“たまたま”だと思っていたが、どうもそうではないようだ。気になって、逆のケースもあるかと思って意識していても、6枚切りだけ残っているという状況に遭遇したことが1度もないのだ。

僕の限られた経験上ではあるが、ほぼ間違いなく、食パンは6枚切りが先に売り切れ、8枚切りが残るのだ。

これほどしょっちゅう起きるのならば、はじめから6枚切りを多く仕入れればいいのに。

6枚切りと8枚切り…。

インターネットで調べてみると、この手の話題は、けっこう交わされているようで、どうやら地域性もありそうだ。

正直言うとあまり信用はしてないけど、あるネットリサーチの調査によれば…

■好きな「食パン」の枚数
何枚切りの食パンが好きかという質問では、「6~7枚切り」が最も多く48.4%、次いで「4~5枚切り」30.7%、「8~9枚切り」11.4%であった。 「まるごと一斤」という人も3.6%いた。

この調査を解説しているページによれば、ほら!8枚切りは少数…と思ったが、回答地域を念のため確認。すると、やはり、インターネット調査の甘さを再確認することになった。


ディムスドライブ 『パン』に関するアンケート より(キャッシュ)

回答状況が、我が国の人口比と全く異なる比率なのだ。東北地方の回答率、高すぎ…。これじゃ地域における枚数の好みを読み取ることができないし…。

定量的な指標は確認できなかったが、インターネットによれば、8枚切りは関西地方ではあまり見かけず、主流は5枚切りとのこと。わかったのはそれくらいで、なぜ自分の身近では8枚切りぱかりが売れ残るのか?という疑問を解消する答えを見つけることができなかった。

もうちょっと調査してみよう…と思う一方で、たまには別の枚数切りの食パンを食べてもいいかなぁ…という気もしてきた。

3465 壁

いまに始まったことじゃないし、珍しくもなんともないのかもしれないけど、こういう光景に出くわすと、どうしても気になってしまう。

いわゆる“ジベタリアン”のこと。

高校生2人組が、コンビニ前の字面にぺったりとお尻を付けて座って、カップラーメンを食べていた。どうしても気になるのは、こういった場所に、制服のまま座ってしまうという点。

あまりに気になって、こっそり隠し撮りしてしまった…


ごめん、隠し撮り

マナーの問題もあるが、それよりも気になるのは、こういう場所が座るに適しているかどうかということが全く考えられていないという点だ。ここが清潔かどうかとか、汚いかどうかなんていう判断は働いていないから、こういった行動になるのだろう。

こうした行動をしてしまうその理由が、もし「教えられていないから」だとしたら、いったい何と教えたらいいのか?

「マナー違反だ」…という言葉は、まず通じないだろうし、言われて気づくようであれば、そもそもこんなところに座らない。

「汚い場所だから、座るな」…というのも、汚いと思ってないとすれば、これも通じないかもしれない。

でも、いつか…

こういう行動に違和感を持つようになるのかなぁ…とも思いつつ、彼らとの間には相当高い壁が立ちはだかっているのだという気がしてきた。

3564 貸し出しルール

先週、自宅から比較的近い図書館に借りた本を返しに行った。ここはふだんは利用しない隣の豊島区立の図書館だ。

正確に言うと、返しに行ったのではなく、まだ読み終わっていなかったので、いったん返してふたたび借りたかったのだ。

「他に予約が入っていないようであれば、もう一度借りたい」と係の人に伝えた。

「では、延長ですね?」

と言われたので、いったん返却してまた借りる手続きにして欲しい旨を伝える。たいていの図書館では、貸出期限延長が認められるのは1度だけなので、もう延長ができないことを知っていたからだ。

すると、係の人は…、

「返却して頂きます」

という。この本に他の人の予約が入っているかどうかは関係ないらしい。

「また借りるにはどうしたらいいですか?」

と聞くと、「もう一度書棚から借りて…」と言う。この本は、豊島区立中央図書館で借りたもので、うちからはちょっと遠く行きにくい。借りたいのであれば、中央図書館の書棚まで取りに行けというのだ。

「ここで、このまま借りるわけにはいかないのですか?」

と食い下がると、「では予約頂ければ…」との回答。いま手元に本があるにもかかわらず…だ。

つまり、これらの本は、すべていったん中央図書館に回送され、そこの書棚に戻ったあと、予約によって、ふたたびこの図書館に戻さなければならないというわけだ。

これは、いったい何のためのルールなんだろう?

たしかにある特定の人に本を独占させることは問題だと思う。延長を認めないのは、おそらく、そこに理由があるのだろう。

もしそうであれば、複数回の延長を認めないのは当然だし、たとえ、いったん返却しようが、同一人物が連続して借りることを認めないようにすべきなのだ。「本を元の書棚に戻す」のが目的ではないということは、言うまでもない。

ルールと言えばそうなのかもしれないし、ルールがあれば守るということも理解できる。しかし、それを守ることについて“本当に意味があるのか?”ということは、多少なりとも考えてもいいと思うのだけれど…。

実際、他の係の人によっては、一度返却手続きを取って、ふたたび貸し出ししてくれることも少なくない。

結局、返却期限にはまだ多少余裕があったので、「じゃあ、返却しません!」と、ふたたび本を持って帰ってきてしまった。

3563 当時33歳

ふだんの生活で、自分の年齢なんて気にすることなどまずない。他人の年齢だって同じで、気にする理由もない。

ときどき自分より若い人と話をすると、やはりその差を感じることがある。500円札やポケベルを知らない人が出てくると、それなりにショックを受ける。

しかし、先日見た歌番組で、ふと年齢を意識することがあった。

第25回 日本レコード大賞(1983年)
矢切の渡し  細川たかし(当時33歳)

気になったのは、細川たかしの年齢だ。

33歳…

なんと、当時の細川たかしは、いまの僕よりも若かったんだ。別に不思議でもなんでもないが、小さな頃に見ていた歌手の年齢を、いつのまにやら自分の年齢が追い越していることを思い知らされた。

その前後の、日本レコード大賞の受賞者と年齢を見てみると…

タイトル 歌手名 年齢
21 魅せられて ジュディ・オング 29
22 雨の慕情 八代亜紀 30
23 ルビーの指輪 寺尾聰 34
24 北酒場 細川たかし 32
25 矢切の渡し 細川たかし 33

あらら、全員僕のより年下だったんだ。

僕はできるだけ「年を取る」とは言わずに「年を重ねる」とか「年齢を重ねる」と言うようにしている。“取る”という表現がなんとなくネガティブな感じがする一方で、逆に“重ねる”の方が、ここに自分の意志みたいなものが入ってくるような…そんな感じがするからだ。これはあくまで僕の勝手な解釈。

年齢のことを意識するということ自体、やはり自分がそれなりに年齢を重ねてしまったという証拠なのかもしれない。

3562 いざってときのために・・・

自宅近くの駅前にあった公衆電話に、先週くらいからなにやら貼り紙が…

それは、公衆電話機撤去を知らせる貼り紙だった。

ふだん出歩くとき、定期券やクレジットカードなどのほか、いざってときのために、テレホンカードを持っていた。

しかし、そのテレホンカードが使える公衆電話が次々と姿を消しているから、持っていても意味がなくなりつつある。

僕の場合のいざってときのために…は、大したことはないが、“災害”といういざってとき…は、問題は大きいと思う。

災害時、公衆電話は優先的に復旧させるということではなかったっけ?そもそも、その肝心の公衆電話がなくなったら、どうなっちゃうんだろう?

いざってときのために…。

この「いざっていうときのために…」というのは、ふだんは役に立たないから、その分は、まるまる負担となる。公衆電話だって使われなければ、維持するだけで、相当な負担だろう。

でも、そもそも、いざってときのために、そうした負担ををみんなで支えようというのが、税金だったのではないか?…なんて思う。

公社が民営化され、みんなのものではなくなり、その後、目的が競合する携帯電話が登場し、公衆電話の利用が激減、維持できなくなって廃止…。

携帯電話は便利だけど、目指していた未来ってこういう世界なんだろうか?

3561 須貝美和展

一年半ほど前に知り合った須貝美和さんが、初の個展を開くという連絡をいただいたので、さっそくお邪魔することにした。新年会があった川口から京浜東北線で御徒町へ。そこから湯島へ歩いて会場のある建物に向かう。

建物はすぐにわかったが、個展の開催されているギャラリーの場所がどうしてもわからなかった。結局受付のおじさんに尋ねて、ようやく判明したものの、そのフロアに行ってからも迷ってしまった。

ようやくギャラリーに到着。オープニングパーティということで、関係者の方々などが談笑していた。須貝さんと知り合うきっかけになった、大西さんも駆けつけていた。スパークリングワインで乾杯。

僕もその輪に交じって…というほど度胸はないので、須貝さんの絵を鑑賞…。

以前は、“タオル”という独特の世界を作っていたが、その後、新たしいジャンルを模索し、かなり苦労されたようだ。そして、いま取り組んでいるのが、“雲”だ。

僕も、空を見上げて雲をじっと眺めるのが好きなので、須貝さんの絵は、すーっと自分の心に響いてくるようだった。一枚一枚絵を見ていると、まるで実際に空を見上げているときのような感じになった。

ふと、かつてのモチーフだった、タオルのひだと、雲のひだには、どこか通じるものがあるような気がしてきた。

今日は個展初日ということもあって、お忙しそうであまりじっくりお話ができなかったが、また機会を改めて、お話がしてみたい。

3560 ココロノアカリ(プリン)

タワーマンションでの新年会は、参加者も話題も、基本的にはふだんの飲み会の延長線上にある感じだったが、ふだんとは違う雰囲気と休日という気楽さもあって、大いに盛り上がった。

今日は、どうしても行かなければならない次の用事があったので、少し早めに失礼させてもらおうとしたら、参加者の一人のKさんから、デザートがあるということで、出てきたのがこれ。

卵?

プリンだそうで…

今日丸ビルで買ってきたというこのプリン。卵の運搬容器?を開いても、やっぱり卵。

玉子の殻を上手に容器として使っていた。「これはきっと機械で作っているだろうねぇ…」なんて話をしていたら、どうも殻の容器も手作りらしい(キャッシュ)

どうも、最近はプリンが流行っているのか、あちこちで見かけるし、つい買ってしまう。今回は頂き物だけれど、見かけたら物珍しさも手伝って買ってしまうかも…。

あれ?そんなにプリン好きだったたっけ?

片付けかが簡単だよなぁ…なんて思いつつ、さっそく戴くことに。大人向けのラム酒風味と、プレーンのカラメルの2種類の味が楽しめる。

今回の参加者全員、けっこう“いい年”の男性ばかりだったが、異口同音に第一声が「うまいねー」。たしかに美味しい。濃厚でありながらも、さっぱりしているという、最近のプリンの傾向は外していない。

カラメルが別になっていることで、自身で甘さを調節できるのもいい。

もっとも、プリンというカテゴリにあって、味だけで、意外性や特殊性を発揮するのには限界があるわけで、こうした作り方や容器などで勝負するのも、なかなかおもしろい。